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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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吉野ヶ里銅剣の持ち方

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久々に古代史です。

五瀬様としたのは世代的にどうなのかと問題ですが、

九州出身の王ということで。

また、銅剣が五瀬様の時代にあったかどうかも謎ですが、

九州勢力の北進が可能となったことは、何か特別な軍事技術の流入があったのか?

とも思えてきますが。

それが銅剣だったか、鉄剣だったか。

と、絵から話がそれていきましたが、問題は剣の持ち方です。

吉野ヶ里出土の銅剣を見ていて思ったのですが、

あれは中世の刀の様に、身体の前で持ち構えるものではないだろう。

と思うのですがいかがでしょうか?

むしろ、忍者の剣術というか、あの刀の持ち方のイメージです。

柄部の幅広いところで相手の剣を受け、鎧の隙間に剣を突き立てる。

接近戦の刀なのでは。

奈良の辺境の山間部で古代の剣法が残っていて、忍術として伝わっていたら・・

なんて、妄想は膨らみます。

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 本城と出城(砦)の狼煙(のろし)リレー

10月30日(日)、家を早朝6時出発。西の高野山と呼ばれる、浜田市三隅町・大麻(たいま)山に8時過ぎ(山頂へ)到着。展望台に登る。海岸線は萩沖から大田沖まで見渡せるが、三隅城(南)側は樹木の背が高過ぎて見えない。頂上を1時間駈けずり回るも映写ポイントなし。室谷の大麻口へ下りるも、こんどは「水来(みずき)山に視開を阻まれる・・・。室町時代始め石見国の所領を得た大内義弘が高城と出城(砦)の狼煙リレーを見て「三角」を「三隅」と改めた。「隅」の字を大陸から輸入した。南朝、(太平記・三角入道こと)兼連の生き様も「隅」の字。「隅々まで・・・」のいつ話も生んだ。

 日本書紀にも「隅」の字が廿八巻(段)に出現する。これは、義弘が室町時代始め京都の天皇家所蔵の書に筆を加えたことになる。廿八巻から最後まで偽書。熊襲や隼人は嘘。

浜田市三隅町西河内 字「八曾(やそ)」地名考

古代三社と曾(祖)との因果関係。

*鬼刀禰族(おおとねぞく):たたらで鎌や斧、剣をつくる。
*春日和邇族(かすがわにぞく):大和の春日に住んでいた渡来人。古代社 金(刀)比羅・こん(と)ぴら社、インドの神「大黒天」や「ワニ」信仰。
*春日小野族(かすがおのぞく):大和の春日より入植。
*牟婁物部族(むろもののべぞく):元は紀伊半島から土佐・室戸岬~阿波・吉野川域~大三島~大麻山(室谷)に入植。
*阿波忌部族(あわいんべぞく):物部族と共に入植。
*スサノヲ:古代社。彌榮(いやさかえ)社。
*高おかみ:字「谷」に鎮座の古代社。貴布禰(きぶね)社。
*柿本人麻呂:綾部氏と共に7歳で大和の春日より。

九州の「王」=「鬼」おお。文字の変化。鬼→大(おお)
日本書紀の「大王」の読みは「おお」

参考・引用文献。
浜田市立中央図書館蔵書の「井野村の歴史」。
浜田市立三隅図書館蔵書の「三隅町誌」P1158~1163.
柿本人麻呂神社・戸田の古文書

>▽浦部頼次 (*)坂上・山本・摂津介・太郎。山本庄司。源ノ満仲に出仕。<坂上田村麻呂の子孫とも。古来、摂津に力を持つ東漢氏の系譜か。>
『地下家伝』によると坂上頼次は「山本右衛門大尉坂上頼次・坂上田村麻呂七世孫・長門守坂上恒蔭の子」です。
坂上頼次は浦辺を名乗っていた事実は一切ありませんので、浦辺頼次という表記は完全に誤りです。
太郎も間違いです。

>▽浦部季長 (*)坂上・山本。摂津豪族。山本庄司。源ノ満仲に出仕。<頼次から、「季」の一字を持つ系譜に変じるのは猶子関係や、婿養子関係での家督継承などがあったのでしょうか。それで坂東平氏の血が入っているかもしれませんね。源氏と平氏はもともとは一体関係だったものが、摂関家と院により対立関係に引き裂かれたようなものですから。>
『延喜式』によると坂上季長は「坂上田村麻呂の末裔」で、坂東平氏の血は入っていません。
和泉国高師の浦に住んでいた坂上氏の坂上季長を、坂上頼次が摂津国山本郷に呼びました。
坂上季長は高師の浦の浦辺城主であったため、浦辺坂上季長を名乗りましたので、浦部氏ではなく坂上氏です。
ですので浦辺季長ではなく坂上季長、もしくは浦辺坂上季長が正しい表記です。

▽浦部季猛 (*)坂上季猛・山本・太郎。摂津豪族。山本庄司。源ノ頼光に出仕。<卜部季武と同一人物とも。>
>上記の坂上季長の子で、季長と共に摂津国山本郷に移りました。
父、坂上季長が浦辺坂上季長を名乗ったので、坂上季猛も浦辺坂上季猛を名乗りました。

出来ましたら、誤解を生まないように正しく表記していただければと思います。

Re: タイトルなし

坂上様

 ご指摘ありがとうございます。表記、訂正させて頂きました。

(謹言)

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