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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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源氏と、伊豆掾・伴ノ為房など

「天下侍魂」本日の作業内容。

橘氏の系譜、伴氏の系譜を作成中。

陸奥守・鎮守府将軍を多く輩出するので、東国の安倍・清原氏について改変。

そして、源氏の系譜も気になり、追加変更しました。

本日の一番の意義は、

「侍」の意味について。

古代の軍事貴族から派生した、つわもの(強兵)、

物部氏から由来したという、武者(もののふ)、

侍は、さぶらうもの、院や摂関家の護衛の士として

そばに控えるものとして「待」、から「侍」になったと・・。

江戸時代になってからは、

主従関係を結び、御恩と奉公の関係がなければ「侍」ではないと言われています。

果たしてそうなのか? また、江戸徳川史観で、

300年間で思想さえ、なにか捻じ曲げられているんじゃないだろうか。

源氏の系譜をみていて、大伴氏の系譜をみていて、

熱田大宮司として地方へと流れた藤原氏をみていて、

中央政権に、「なにくそ」という反発心をもった、地方軍事貴族の気概を感じます。

「恵美押勝の乱」に凋落し、

藤原信西で打撃をうけた藤原南家の系統の熱田大宮司。

「応天門の変」に失脚した伴ノ善男と、紀氏。

その2流の系譜(母系)の結晶である、源ノ頼朝。

「我七代の子孫に生まれ代わりて天下をとらん」

彼ら地方貴族の中央への野心が、源ノ頼朝を天下人まで推し挙げたのでは・・。

乱世に天下への次節到来を待つ。

その「待つ心」を持つものが、「侍(さぶらうもの、さすらうもの)」だったのでは???

御恩と奉公の関係がないと侍はなりたたないとかじゃないと思います。

南北朝期に、山名宗全の御先祖の時氏が、

「侍は渡りのものにて候」と言い放っているのですから

その頃にも、自らの志のもとにさすらうものという意識があります。

明治維新に、志をもつものが、サムライが、「志士」とよばれたように、

主に仕えるだけが全てではありません。

身体に眠る「侍魂」を呼び起こしましょう。

「歴史偽造の江戸史観、くそくらえですよ!!」

(汚い言葉で失礼しました)

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