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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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大須賀胤高(康高)のページ更新

oosuga02.jpg
締切から解放されたので、お絵かき再開しましたw。

大須賀さんのイラストをなんとかしたいなと思ってましたが、、、。
胤高というもとの名前は、

美濃の東千葉家からの血流ということで、千葉氏の通字である、「胤」が
重要な意味を現していたと思います。

信長様もそれを重視し、大規模な軍事援助をして、
武田残党や、関東の後北条氏に対しての
前線に置いたのだと考えます。

それを家康が、「本能寺の変」ののち、なんとか御機嫌をとって、
自分の腹心に加えようとして、
「康」の字をあたえたのではないでしょうか。

徳川*神将に加えられ、江戸300年史観の中で、
歴史が歪んだものと思われます。

さかのぼりますが、初期の大須賀家は、
関東公方をけん制するために、室町幕府が編成した、
将軍直参の奉公衆の中から、
関東の千葉氏と縁のある、美濃の東氏が旗頭に選ばれ、
酒井氏などとともに、関東に乗り込んで行って、敗退したその残軍が
三河の地にあり、三河の一色氏(関東公方の軍奉行の縁)と牽制しあいつつ、
そのライバルたりえる血筋の吉良氏に従っていたのではないかと

私は考えます。


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