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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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平泉と知多半島

知多半島を勢力圏とする長田忠致。

平安時代末期、「保元の乱」・「平治の乱」で活躍した

源ノ義朝と関連する武将です。

義朝の乳兄弟、鎌田正清は娘婿。

義朝や、足利義康の義理の兄弟で、

隣接する熱田大宮司家の藤原範忠とも関わりがあったことでしょう。


さて、知多といえば当時は常滑焼。

戦国時代は木綿の一大生産地として、

かなりの勢力をもっていたようす。


また、瀬戸というか、桜井松平や戸田氏の争った

尾張の北のほうは水銀の鉱山があるとか。


当時、平泉全盛の頃は、中山道・東海道の中継地であるこのあたり、

重要な物資が行きかっていたことでしょう。

尾張の豪族は、平ノ清盛よりも北の商売相手を見ていたのではないでしょうか。

関東で中継をしていた源ノ義朝勢力がいなくなれば、

関所でピンハネされることなく、平泉との交易ができると

長田氏は考えていたりしなかったでしょうか。

なぜ、義朝を裏切ることになったのか、

それには交易が重要なポイントを占めていると思います。

平ノ清盛に好かれなくても、長田氏的にはたいしたことではなく、

平氏のやってる海外との交易と、

平泉を結んで、さらに尾張・三河・美濃の国境地域が栄えることが、

長田氏としては重要だったんじゃないのかなあ。


それに同調した大庭氏ら関東諸豪の動向を見て、

「悪」として坂東で君臨した義平は、

飛騨に向かえといわれ、義朝自身が坂東の方の豪族の

説得に向かったのではないでしょうか。


東海道・坂東の諸豪は、すでに藤原秀衡と平ノ清盛の

両巨頭の態勢を見ていたのかもしれませんね。


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