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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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武日照(タケヒテル

ajisukitakahiko01.jpg

とりあえず、古代史の部分で注目して欲しい人物、

「武日照」、またの名を、味鋤高彦根、阿遅志貴高彦

を押したいということで。描いてみました、

愛友兄弟の「天ノ稚彦」を描くときは逆の目を開けて

反転映写ってとこでしょうか。

天ノ夷鳥(アメノヒナトリ)とも同一人物のようです。


先代王朝の大王、

「天津日子根」と「天ノ稚彦」親子から、王朝を簒奪する人物のようで、

天津日子根は、美濃あたりまで逃亡して一族ともに滅亡したと・・。

天ノ稚彦の妻、下照姫は、どうなったかは詳しく記されていないのも

気になるところで、

天照ノ神(アマテラス)に対して、対極にいる姫が、

下照姫(シモテラス)なのではないでしょうか。

おそらく強引に「武日照」の妻とされたのでしょう。

王朝を簒奪したからといって、

子孫がその血統に連なる者ならば、

先祖の事は悪く書いたりはしないでしょう。

だから阿遅志貴高彦こと「武日照」は、

『古事記・日本書紀』に詳しく記されないのでは。

また、志貴=「磯城」=「シキ」は、大和国(奈良)の中心、

磯城に通じる言葉なのでは。

弥生時代の奈良磯城郡の「唐古遺跡」とか、

銅鐸の生産地とも言われ、楼閣の描かれた土器といい、

この遺跡は「武日照」や「天津日子根」とも

関連するものなのだろうなっと、



古代の奈良に、

思いを馳せて・・。

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