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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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雑誌「歴史人」で

「戦国武将最強ランキング」とか

載ってる雑誌でしたが、

徳川家康の領土から、三河の吉良領が

織田領の色で塗り分けされているのを発見しました!

そうそう、これこれ、

でも、佐久間の高橋衆とかは徳川に含まれ、後退してるし。

岡崎が織田領に囲まれている状況で、これが本当に独立した

大名と言えるのかと、逆に言いたいです。

家康はずぅっと、方面軍軍団長なのでは????

織田家の天下ならば、そのまま織田家の家臣となっているのであろうし、

徳川領として、わざわざ色分けをするのが、変じゃないのかな?

と、ずっと思ってます。

あと、光秀の「畿内管領」、そこまでこだわり続けて、

使用し続けるのは何故なのでしょう?

それこそ後世の歴史家の後付なのだから、

「偽書、武功夜話」のごとく、

「偽称、畿内管領」と史学の方法論を勉強された方から

声があがるべきなのではないのですか?

俺のようなパンピーが言っても説得力がないとうか、

やはり古文書の手紙とかで、事実をひとつひとつ検証してくれる方が

いないと厳しいのかな。

でも、戦国なら、手紙も人を騙すためにかくものだろうし、

証文も、当時の人々が、人を権威で騙すために手に入れるものだから、

本当に真実として受け止めれるのか?とも思います。

歴史ってまったくのでたらめなのかな?という問答にいきつきます。

現代ではなく、未来で、何百年かしたら、

もっと客観的な歴史観となって、評価は変わるものなのかなあ。


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コメント

なかなか興味深い話ですね。

私が持っている大武鑑という本の中に総見公武鑑なるものがあるのですが、その中では家康は七副将の一人として載ってました。
七副将は他には信長の子や弟・甥ばかりなので一門扱いの特別な位置にいたと思われます。

ちなみにそこの最後の方に私の先祖も載ってたりします。

それはともかく、この総見公武鑑は浅井玄卜(浅井氏の庶流?)という人が1634年に書いたそうで信憑性は高そうです。

この人の原本を一度でもいいから見てみたいものです。
(研究者でないと見れなさそうですが)

ではでは。

Re: タイトルなし

勇者様、おはようございます。

コメント有難うございます。

「総見公武鑑」、気になっているのですが、

もってません(テヘペロ。いつか手に入れたいです。

1600年代当時の、余計な先入観のない文章なのかもしれませんね。

現代の「神君家康」や「天下人秀吉」が常識として刷り込まれた頭で、

古文書とかを読むと、読解時に、正しい判断力を失わせるんじゃないのかな?

と思って歴史本を見てます。

幼少の頃学んだことが正しいと、誰も思うでしょうし・・。

それにしても、「総見公武鑑」おもしろそうですね。情報ありがとうございます。

しょう

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