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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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市橋長勝

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今日の気分で市橋長勝さんのつもりです。
美濃の豪族・市橋長利さんの長男です。

祖父の市橋伝左衛門・利尚殿は
いち早く織田信長に従い、
(領地が尾張に隣接してるからでしょうか)
信長様の美濃攻略の良き相談相手となっていた様子。

長勝さんは1557年生まれなので、信忠さんの弟の
織田(北畠)信雄や織田(三好)信孝とは 同学年。

父・長利さんは1513年生まれとなってますが
実際は信長様と同じ年齢くらいではないでしょうか。

伝左衛門さんの事績と、長利さんが付属させられた、
織田信忠さんのご家老としてのイメージが強く
老齢のイメージが先行してるんじゃないでしょうか。

長勝さんは父からはなれ、
信長様の旗元(旗本)馬廻衆に抜擢されます。

「本能寺の変」には巻き込まれなかった様子。

他の美濃衆や長勝さんはどうなんでしょう?

馬廻りの稲葉家の人々、竹中重矩さんは当時美濃にいた
様子なので西国遠征の兵を美濃にて
召集している途中だったのかなあ。

京都にて信長親子は、毛利討伐の軍勢が
各国から揃うのを待ってたんでしょうね。

「本能寺の変」がなければ
信長様直属の若手の馬廻りも、そのうち
織田信忠さんを支える大名となっていったでしょうね。

1600年に同じ信長様の馬廻りをつとめていた同僚の
丸毛兼利さんを攻める運命。

最終的に4万石程の領地を手に入れますが、

秀吉、家康の織田武将冷遇のせいでしょうか。

信忠さんの時代がきてたら、
きっともっと上へ いけてたはず!

時代に翻弄された人だよなあ・・(涙。

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織田信長の家臣団と軍団

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コメント

はじめまして。
『市橋長勝』で検索し、
お邪魔させていただきました。

というのも、実は私、その子孫でして…
マイナー武将であるにも
拘らず取り上げてくださり、
本当にありがとうございます!

しょう様のご考察も面白く、
私自身戦国時代好きなので、
他の武将の日記も非常に
楽しく拝見いたしております。

今後も更新、楽しみにしています!
それでは失礼いたしました。

Re: タイトルなし

はじめまして(^^)

コメントありがとうございます。

市橋さんといえば、信長様の側近中の側近(驚。

良き血筋かな ですね。誇りを持って生きてください。

うちの母系は、土岐美濃守の分家と過去帳にあるのですが、

墓は春日の局ゆかりのお寺とも関わりが有り、

下手をすると明智もしくは、斉藤利三関係か?という謎な系譜ですw。

本能寺とかで、ご先祖が関わっていたらすみませんという感じで、

ご縁があったんだと思いますので、

これから、仲良くしていただけると有り難いです。

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