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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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池田勝九郎

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今日の気分で池田勝九郎!!

信長様の乳兄弟(母は信秀公の側室となったとも)、
池田勝三郎恒興の嫡男です。

織田信忠さんとは、ほぼ同学年。
よき友人でありライバルだったことでしょう。

森長可、蒲生氏郷、佐久間盛政、
この世代って粒ぞろいだったのに・・・。

勝九郎どめにしたのは、
名が元助、之助とあるからなのですが、

池田家にけっこう「之」の字が
多く使われているのですが、
古文書を読む人によっては「元」と
読めるらしいので。
どっちが正しいかイマイチ自分には
わからないからです。

本人的にはそのうち、
信長様から「信」か「長」を貰って、
信輝とか(え。

もしくは信忠さんから「忠」の字を
もらって之忠とか(笑、
今はどうでもええわっ
という感じだったのでしょうか。

真田家とかで、真田信繁の名が
「幸村」とかになってるのは、
娘婿さんに迎えた瀧川一益一門の影響というか、
池田・瀧川の縁もあるんじゃないのかな?と
思う今日このごろ。

それにしても、父上の恒興さんは公記ではずっと
勝三郎やし・・、織田家近親には官位名・受領名を
与えないというような信長ポリシーがあったのかな・・。

太平記よんでると受領名だらけなんですが、
織田家中はそういう名乗りは少ないような
気がします(元々大名じゃないからかな)。

丹羽五郎左衛門さんが官位を蹴ったのも、
信長さんが後半辞退しつづけたのも、
頼朝さんのような、官位任官の権限を
自分の思うままにするのだという
根底の共通意識があったとかなのかもしれませんね。

任官してるか、してないかで、
織田家臣団の中で何か一線がしけると
おもしろいことがわかるかもしれませんね。

またまた話しが違う方向むいてますが、
勝九郎さん!
信長様の命で父親とは別行動で
淡路制圧に出向いています。

淡路といえば仙石秀久さんが
秀吉さんの時代に重鎮になりますが、

信長様時代は勝九郎さんだったのかなあ。

「本能寺」直後は矢部家定さんがいたようですが、
指揮官・池田で軍監・矢部だったのかな(妄想。

山陽道には他に同世代で生駒一正さんがいますし、
信忠さん閥というか、母上の生駒吉乃さんつながりで
非常に血縁関係の深い若手が配されているところが、
信長様の配慮だったのかな?と思う次第であります。


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