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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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羽柴秀吉の家臣団

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今日の気分で、1582年頃の
羽柴秀吉さんの家臣団。

たしか「武功夜話」では前野長康さんが
長岡藤孝さんから「本能寺の変」の連絡を、
いち早く受けています。

秀長さんの家老のようですし、
但馬・丹後の距離的な
近さもあるのかなあ・・。

宮部継潤さんは、
1573年頃の近江で
織田家重臣の配置でずっぽりと抜け落ちている
浅井郡、伊香郡のうちに
知行地があったのでしょうか。

当初、京極高次さんでもいたのかな?
と妄想していたのですが、
どうやら当時は直参馬廻として
安土にほど近い、西ノ湖の西岸にいたみたいです。

あとは事績不明な新庄直頼か、
信長様直参馬廻の阿閉さん。

もしくは、竹生島奉加帳に名前の見られる
元浅井家家臣、今西氏、今井氏とか。

宮部与力の田中吉政さんの出身地が、
高島郡の磯野員昌がいた新庄城周辺そうなのも
きになるところです。

山陰道で惟任日向守光秀の領土
拡張域を塞ぐ結果となってしまったのは、

山陽方面の羽柴秀吉領はそのうち、
織田秀勝の所領となって
織田一門に還元されるから、
弟の羽柴秀長領を
羽柴(木下)家のものとして
子孫に残してやろうという信長様の配慮が
働いているのかもしれませんねえ~(妄想。

それにしても、嗚呼、光秀さん・・・。

戦国時代は常に、
有力武将の目の前に土地という
ニンジンをぶら下げていないと
余計なことに心を奪われてしまうのかも
しれませんね~。

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御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。
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