プロフィール

登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


FC2カウンター


月別アーカイブ


カテゴリー


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

松井康之

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”
odano831.jpg

今日の気分で松井康之さん!!(のつもりです。)

なんだかFC2の入力方法が変わってしまって
とっても使いにくいです(汗。

で、松井さんといえば
織田家の日本海方面での水軍の旗頭となる武将です。

ざっと経歴は、
松井康之 (1550~1612)甚七郎・猪介・佐渡守・式部大輔。旧幕臣。松井正之の息(次男)。兄・勝之(*~1565)は足利義輝に殉じる。足利義昭とともに諸国を流浪。1569(永禄12)年対三好の「桂川の合戦」で活躍。1570年御牧攻め、高屋攻めに軍功。1573年淀城攻め、貝塚攻めに軍功。長岡藤孝与力として丹後に従軍。日本海方面の水軍大将として羽柴軍の後詰。1579年有岡攻めに従軍。1581年因幡国鳥取城後詰。1582年「本能寺の変」後は長岡家家臣。秀吉から石見半国18万石で勧誘されるが辞退する。
(「天下侍魂」明智光秀、長岡藤孝の軍団のページから引用。)

後世では、長岡家の草創期からの家老となってますが、
それにしては単独で動いてることが多くはないのでしょうか??

この方も「本能寺の変」で大きく地位が変動
してしまった武将じゃあないのかなあと妄想する
次第で~あります。

子孫的にも初期から主家に忠節を尽くしていたと
いうほうが古参の家臣の家系ということで、
のちのち有利だから、そういう感じで、子孫により
家譜とか伝承が徐々に歪められたりしてないでしょうか?

松井さんは、長岡軍に付属させられた、
柴田勝家にとっての前田利家や佐々成政のような
与力の武将だと思います。

というわけで、
織田水軍の両翼を担ったであろう
松井康之さんの日本海舟歌侍魂に合掌。

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければ
ページをリニューアルしました

リンクしてます私のHP 「天下侍魂」も

http://1st.geocities.jp/tugami555syou/index.html
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

今なんとなく思い立っているのは、
実は織田家直参家臣だったんじゃないの?
シリーズです。

天下の趨勢により結果的に
旗頭に付属していただけの与力武将が、
その縁から譜代家臣として
扱われてしまった人たちというかんじで
つづけてみようかなあ(笑)。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tugami555syou.blog94.fc2.com/tb.php/337-21c60b17

 | BLOG TOP | 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。