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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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北条義時

odano818.jpg


今日の気分で江間小四郎義時です!!(のつもりです)。

源ノ頼朝が選抜した親衛隊に、
坂東の名門子弟達とともに選ばれています。

北条時政の次男のため
分家筋となって江間と称しています。

在地の勢力として
江間として認められている様子なので、

兄の北条宗時さんが戦死したため
江間家という養子先から
出戻りでもしたのでしょうか。

執権となった子孫が
初代が分家筋じゃ
まずいということで
どんどん家系粉飾が進んだのでしょうか(妄想)。

北条家が台頭していくのは、
北条政子という姉の存在と、
父親・時政さんのたちまわりも
さることながら、
義時さんの親衛隊時代の交友関係も
影響してたんではないでしょうか。

織田家でいうなら(でたw
堀秀政さんや森乱さんや
有名人多数の信長様近習とか、

織田信忠さん近習の
団忠正さんとか。

天下人の親衛隊で、
誰が実際に家政を牛耳るのかが
気になります(笑)。

信長様の在世の天下ならば
六大軍団長は政権からは遠い、
地方の将軍(諸侯)という存在で、
勝家、秀吉、光秀もその発言は重くはあっても
さほどの影響力はなかったかもしれません。

なので清洲会議での重臣合議というのは
それだけでも、
軍団長の地位が大きく向上していた
と言えるのかもかも・・・。

福富秀勝さん、もしくは菅屋長頼さん
比較的に年配(堀さんより年上だろうと思ってます)
の側近が生き残っていたなら、
側近勢力だけでも事は運んでいたかも
しれませんね?

とゆうことで、
北条家のページのイラスト完成w

北条義時さんの
高い天を望む侍魂に
合掌。


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