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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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中川清秀

odano778.jpg
今日の気分は中川清秀!!(のつもり。)
荒木村重さんと従兄弟です。

摂津国茨木城主にして、
1580年羽柴秀吉と兄弟の契りを結ぶ将。

噂では切支丹だったとも。
(高山右近に比べてマイナーなのは何故)

信長様が後援していた
摂津三守護のひとり和田惟政さんを討ち果たし、
勇名を轟かせます。

切支丹になりかけだった和田惟政さんの
兜の前立ての「ばつ(バテ)十字」を受け継いだらしく、
中川クルスという家紋になります。

摂津や河内の領主として、
うまく領民と繋がっていくには
切支丹とならざるをえない社会状況
だったりするのかなあ・・・(妄想)。

息子は信長様の娘婿となり
準織田一門となります。

「本能寺の変」がなければ、
飛躍的に大名の道を進んだかもしれませんねえ。

肖像画では「十河頭」のようですが、
自分の中でのイメージが
洋楽ハードロッカーなので(笑)。

信仰上自殺が禁じられてるから、
佐久間盛政軍に対して玉砕してしまったのかなあ。

高山・中川隊を先鋒にすれば、
生命をまっとうしようとして逃げ出すか、
神を信じて玉砕するか、二択しかなく
(後で弾圧されることを想像すれば一択しかないか?)
窮地に恐ろしい程の強さを発揮したかもしれませんね。

キリスト教が当時すうっと入ってくるのは、
主人に対する忠誠心より、主なのが
下克上の風潮にあうんでしょうか(謎)。

できることなら織田家に天下をとってもらい、
おもしろそうな和洋折衷の日本文化を
つくりあげてほしかったです。

それにしても、高槻領主の
高山さんは神社焼きうちしたらしいから廃仏棄釈運動
とかまでいってしまいそうですね(汗)。

キリスト教に理解を示していたといわれる
黒田孝高、神戸信孝、織田信忠さん、蒲生氏郷。
南蛮文化をどこまで受け入れるつもりだったのでしょう~
と思いを馳せつつ・・。

中川瀬兵衛の
あらぶる侍魂に合掌~。


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コメント

はじめまして、おもしろい戦国武将たちのイラストですね。私は戦国女イラスト描くこと多いですよ。ブログ村の歴史部門に参加してます。
清秀さんは、たしか、茨木市の人ですよね。

Re: タイトルなし

> はじめまして、おもしろい戦国武将たちのイラストですね。
はじめまして、好評価ありがとうございます(^▽^)。

>私は戦国女イラスト描くこと多いですよ。ブログ村の歴史部門に参加してます。
今後とも、どうぞよろしくお願いします(_ _)”ペコリン。

> 清秀さんは、たしか、茨木市の人ですよね。
姓は高山とも言うようです(高山右近さんとは血縁関係なさげです)。
従兄弟の荒木村重さんは
丹波荒木氏の分流のようなので、丹波侍かもしれませんね。
荒木村重さんが摂津支配を進め、清秀さんは抜擢されて
摂津茨木の城主さんになるようです。

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