
今日の気分は、斎藤利三!(のつもり)
バックの言葉は、明窓玄智居士(明智光秀)
の辞世といわれてますが、
誰かが後付けしたものでしょう。
意味はよくわかりません(笑)
順逆に門なし、と今日まで思ってたら
「二門なく」が正しいみたいです。
53歳で散った斎藤利三さんも同じ心かと思って
書かせていただきました。
稲葉一鉄さんの兄の娘婿さん
という縁で稲葉家にいたのに、
同郷出身(美濃)の明智さんとこが
活躍できると
稲葉家を抜けた事からイザコザが・・。
蒲生氏郷さんが利三から軍略のアドバイスを
受けたりして、若手武将の間では
憧れの武将だったみたいですが。
娘の春日局さんが預けられていた、
美濃の汾陽寺ですが、
私の母方の過去帳が残っていて、
土岐美濃守*代目分家、山田六右衛門からはじまり
山田大兵衛、〜〜と現代まで続いていたんですが、
(うやむやな記憶ながらたしか26だったような・・)
*代目ってどこから数えて?と謎っす。
ひょっとして、明智さんや斎藤さんとことも
根っこはつながってんのかなあ。
織田家ファンなので、
土岐方の先祖には複雑な気持ちですが
人と人が織りなす歴史があって
今の自分がいるんだなあとゆうことで、
やっぱ歴史が好きです。
北海道まできてしまって、完全落ち武者的な
人生ですがw
血がもし連なっているなら、
戦国の土岐頼芸さんのような
絵師になりたいなあ(笑)
戦国の世に終止符を打ち、
織田家とは違う、新しい秩序を
生み出さんと(たぶん)、
劇的事件を引き起こした
あらぶる「侍魂」に、合掌〜。

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