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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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松野(松田)一忠

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今日は気分で、松野一忠!!(のつもり。)

織田信長様の馬廻衆にして元医師です
(戦場では大忙しですな)。

戦国の医道は、中国の李・朱医学を
基本とする医師・曲直瀬道三が800人ほど
弟子をそだてたらしいので、その一派かと
想像されます。

安藤家重臣・松田雁助の養子で、
元・安藤守就の家臣であったのが、
1580年、信長様の重臣粛清政策で
安藤家が御取り潰しとなった時に、
松野さんだけは、直参馬廻にヘッドハンティング
されています。

1569年「六条合戦」に軍功をあげ
勇者として、世間に名が通っていたらしいです。

高名ゆえに敵からは常に首をねらわれつつ
1582年まで生きていた武辺者です。

「本能寺の変」には駆けつけるのが遅れ、
京都を制圧する惟任(明智)勢に
降服を勧められるが断って追い腹を切った
忠臣です。

そのさまは『信長公記』にも記されていて、
美濃侍のなかにも一本筋の通った
武将がいるということを描いているような気がします。

斉藤利三からの誘いをけることにより、
惟任光秀の天下にケチをつけ「一矢報い」て、
今後の織田侍の「心の流れ」をつくった
応急処置を、一忠さんは自分の命で
やってのけたのでは
ないでしょうか(妄想)。

戦国の世に終止符を打たんと
信長様とともに天下の治療に生きた
医者にして武者の「侍魂」に、合掌~。

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織田信長の近衛軍のページを ご照覧ください。

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