プロフィール

登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


FC2カウンター


月別アーカイブ


カテゴリー


湯浅直宗

odano726.jpg
今日の気分は湯浅甚助ッ!!

という感じで、湯浅直宗さん(のつもりです)。

信長様の最後の馬廻衆の中で、
尾張譜代で、小姓上がり、
1560年の桶狭間にも従い、
尺限廻番衆にも選ばれ、
黒幌の指物を許可された勇者。

「本能寺の変」に、宿から「本能寺」に
(本能寺に!!)
かけつけ、
惟任(明智)勢と火花を散らして
散った武将でっす。

信長様の直参中の直参ですね。

生まれは1545年で、前田利家は1538年生まれ
なので、この世代差が赤幌衆に選抜されなかった
理由でしょうか。

多分、適齢期の頃には幌衆が
解散してしまっていたんでしょうが、
しかし、赤母衣を通り越して、黒母衣の
旗印を貰うなんてかなりの栄誉なんでは。

1575年の「長篠」では、
信長様に鉄砲奉行として
猪子兵介とともに瀧川隊に派遣され、
瀧川軍の鉄砲隊を指揮したようです。

瀧川隊は徳川隊の後ろ備えのようですが・・
(後ろからぶっぱなせないので鉄砲隊だけ、
 前面の徳川陣に加勢にいったということ?)。

惟任・惟住・羽柴・佐久間隊にも
信長様の廻番衆から
それぞれ指揮者が各部隊に派遣されていて、

各陣所からタイミングよく一斉掃射
されていたのかなあ~・・・・。

信長様直属の鉄砲衆1000兵を
福富・野々村・佐々・前田・原田の五人が
率いているので指揮者が率いる人数が、

各陣所でも一人の指揮官につき200人の鉄砲衆が
いるということにはならないのかな・・(妄想~)。

ちなみに、鉄砲の総数は3000丁以上用意してたんだろうと
信奉する派ですw

というかんじで、今日も楽しく『信長公記』読めました。

戦国の世に終止符を打たんと
信長様とともに天下布武に生きた
黒い「侍魂」に、合掌~。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければリンクからHP「天下侍魂」の
織田信長の親衛隊、織田信長の近衛軍のページを ご照覧ください。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tugami555syou.blog94.fc2.com/tb.php/281-75df2985

 | BLOG TOP |