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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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福富秀勝

odano724.jpg
今日の気分は、福富秀勝!!

というかんじで、ふりむきざま
描いてみました(LEDとREDのこだわりw)。

「福富」姓がまず、めづらしい。
うちに眠ってた『新編 姓氏家系辞書』というのを
ひっぱりだして調べてみたら、橘姓の流れらしいです。

橘の家紋は、橘と菊水。
楠木正成につながるみたいですね。

南朝の忠臣家は、明治に男爵に任じられたとか、
(なぜか20日発売の沢村氏・エロ男爵の自伝が
 頭の中にちらついたとは、
 おおきな声ではいえませんが(え)。)

信長様の赤幌衆をへて、
1575年の「長篠」には前田さん、
原田さんとともに鉄砲隊長。

その後は、前田さんとは別の進路、
安土の町の司法を司る立場にあったようです。
(もうひとりの町奉行・木村重高の役割は、
 安土城普請などに係っていたようですので
 租税などの財務関係なんでしょうか。)

京都には村井貞勝の息子・村井貞成が
おなじような立場でいるようですが、

経歴的にも上位の福富さんなので、
織田の領国全般の司法を、信長様の下で執行する
今の警察長官のような
地位にいたんじゃないでしょうか。

赤の同僚の、前田さんが地方の軍事指揮官
となったのと、中央の警察長官と
どっちが出世なのかなあ?

所領は少なくても、権力に近いほうが
出世してるということじゃないかと思うのですが、
鎌倉時代の「一所懸命思想」というか、
自分の頭の中もそうなんですけど、
石高あげれば、すごい武将という解釈は
まちがってんのかなあ~と最近思ってきてます。

家康さんの側近・本多正信さんが、
息子・正純さんに「所領を望むな」
と遺言したと言いますが、
官僚として生きることに徹するということは、
こおゆうことかなと・・・。

羽柴秀吉さんにも一目置かれていた
福富さん。「変」に巻き込まれず在命ならば、
かならずや高名になってたことでしょう。

戦国の世に終止符を打たんと
信長様とともに天下布武に生きた
赤い「侍魂」に、合掌~。

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