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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
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大久保忠世

今日の気分は大久保忠世・忠佐さん!(のつもりです。)
《1/21日 修正・長篠の髯とよばれるのは弟・忠佐さんでした》

信長様から、弟の忠佐は「長篠の髯」と
愛着を持って呼ばれた武将。
三国志の話しで、劉備の義兄弟・関羽を
「士を愛する」曹操が
自分の部下にほしがる気持ちに
似た感情が信長様にもあったんだろうなあと
思える話しです。

なので神様になってしまった関羽公に
もじって「美髯公」とかってに
ふってみましたw。

それにしても、
部下を褒められて嬉しい気持ちと、
「名誉也。」と大喜びする大久保家に対しての
自分を通り越した部分でのやりとりへの怒り。
家康さんは自尊心を傷つけられて、複雑な心境だった
かもしれませんねえ・・・。

のちに功臣・大久保家に対して
かなり冷遇なのは
このやりとりのせいなんでしょうか。

で、素朴な疑問なんですが、

屏風絵でも、配陣図でも、横に長く両軍が展開している様子
で、全部所で各個別に全面戦闘しているような
印象をうけるのですが、

『信長公記』を読んでいると、
最初に突撃してきたのが、山県昌景。
二番、武田正用軒(信廉)。
三番、西上野小幡一党。
四番、武田典厩。
五番、馬場美濃守。

日の出から羊の刻まで(9時間?)戦い
人数無人になり、勝頼旗元、鳳来寺へむけてどっと敗軍。
で、殿軍に「馬場美濃守手前の働き、比類なし」です。

武田軍は一箇所に狙いを定めて順番に突撃してきてませんか?
(最高の釣りえさは徳川本陣に移動し前線につめかけた信長様本陣。
 内通誘動部隊、佐久間・水野隊の動きも気になりますが。)

で山県さんの如く鉄砲で死に、
部下が首を敵に取られまいと引き揚げ、
二番軍が助けようと進軍して、
入れ替わりのときに、大将首を狙って
ねちこくおっかけてたのが
大久保さん達なんだろうと思うのですが。

で信長様に「敵か味方かわからんあいつらは何だ?」と
いわれてたのかと。

華麗に戦ってたというんじゃなくて
味方の銃弾をよけつつ、
かつ敵の大将首を追っかける
その姿に、愛嬌があって
信長様が興味を惹かれたと
いうのでは如何。(妄想です!w)

大久保さんの武名を挙げんと
死地を駆け回った
「侍魂」に、合掌~。

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