先日、ネタにした武田家の版図に関連して、
北条家のほうは、どないなってたんやろと
気になりだしまして・・・(;ーー)>”

武蔵国境側では、北条氏康さんの意向で、
武蔵の大石氏に養子入りした、
北条氏照さんの軍団と、
同じく藤田氏に入った北条氏邦さんの軍団が、
甲州の国境を睨んでいるようです。
相模国境側では、外様国衆の内藤綱秀が
武田親類衆・小山田家に対して、国境の重鎮の様です。
相模国衆では宿老・松田憲秀の松田家が、
北条家の家政の中枢にくい込んでいるのに対して対照的だなあと
思います。
武蔵江戸城主の富永直勝も伊豆衆から、
最前線の司令官に抜擢されているのですが、家政には
かかわっていない様子。
家政には御由緒家の遠山氏が出仕しているようで、
行政官と軍事指導者の区別が完全に成されているようです。
遠山氏は北条家の婿、
吉良氏の補佐も兼任していたのでしょうか。
河越城には同じく宿老の大道寺氏が
任命されているので、
家老達が新規領土・
武蔵平野の小軍団長だったかもです。
氏康さんの戦略、
初期は信頼の置ける武将を配置する傾向。
後期は婿養子乗っ取り政策で、
一門衆を外域に配置する結果となったような
気がします。

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