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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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「大坂」石山

『信忠公記』
1580年石山本願寺との和睦が締結され、
顕如の長男・教如が退去して
矢部家貞(康信)が検査官として立ち合います。
その後、織田家の一門衆の第五位・
津田信澄が城主として石山に駐留し、
大阪の司令官と呼ばれます。
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荒木村重の跡の伊丹城に最初に在番したのも津田信澄。
信長様に実績を買われての抜擢だったのでしょう。
矢部さんの「康」の字は三好康長、
「信」の字は信長様つながりだったりするんかなあ・・。

それにしても、摂津方面に織田家一門色が強くなってきますねえ。
池田恒興は信長様の乳兄弟やし、
津田信澄は弟・信行(信勝)の息子、
塩川長満は信忠の妻の父、
中川清秀の息子・秀政は信長様の娘婿となって、
羽柴秀吉の養子に信長様の息子・秀勝、
三好康長の養子に同じく信孝。
紀州の保田には佐久間安政が養子に。
着実に血縁関係で地盤を固めていってます。さすが。

惟任(明智)光秀は濃姫様つながりでゆけば
外戚というかんじの立場なのでしょうか。
美濃衆は、信長様直轄の美濃三人衆、
信忠の支配する美濃の信忠馬廻衆、
美濃の騒乱で領地を失くした美濃浪人の
受け皿としての惟任光秀家臣団の三分割支配
があったのかなあ(妄想たのすぃ~)。

織田家の領内に他の大名からの侵行を許したことがないのが、
信長様家督相続からのプライドというかこだわりの様です。
徳川領は武田信玄に蹂躙されましたけど・・(まだ織田領ではないということで)。

生駒山、信貴山、高安山って感じかなあ。
河内平野恋しい、
セリフはガソダム種Dの最終回オチw

「君があたり 見つつも居らむ生駒山(いこまやま)
 雲なたなびき 雨は降るとも。」(作者不明)

「 貴方がいらっしゃる生駒山のあたりを見ていましょう。
 雲よ山にかからないで たとえ雨が降ろうとも」

4コマ漫画をカテゴリーのところで年代順に並べなおしました。
(最近キャラのデフォルメを忘れてしまってる。汗)

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