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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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祝!45,000カウント「天下侍魂」

いつのまにか、今日45,000カウントに到達していました。

誠に有難うございます。

読んでいただいている皆様に感謝です。


ネット上の日本歴史家として、

「小登美ノ長宿根彦」

「しょうとみの ながすくねひこ」

長い名前w

で名が残るといいな(笑。


生まれてきた意味もあるというものです。


今日はコンビニの入り口ですっころんで

腰を強打してしまいました、

北海道の雪はやはり恐るべしと再認識。


HPの完成まで、身体を大事にしたいものです。

精進しよう。

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武日照(タケヒテル

ajisukitakahiko01.jpg

とりあえず、古代史の部分で注目して欲しい人物、

「武日照」、またの名を、味鋤高彦根、阿遅志貴高彦

を押したいということで。描いてみました、

愛友兄弟の「天ノ稚彦」を描くときは逆の目を開けて

反転映写ってとこでしょうか。

天ノ夷鳥(アメノヒナトリ)とも同一人物のようです。


先代王朝の大王、

「天津日子根」と「天ノ稚彦」親子から、王朝を簒奪する人物のようで、

天津日子根は、美濃あたりまで逃亡して一族ともに滅亡したと・・。

天ノ稚彦の妻、下照姫は、どうなったかは詳しく記されていないのも

気になるところで、

天照ノ神(アマテラス)に対して、対極にいる姫が、

下照姫(シモテラス)なのではないでしょうか。

おそらく強引に「武日照」の妻とされたのでしょう。

王朝を簒奪したからといって、

子孫がその血統に連なる者ならば、

先祖の事は悪く書いたりはしないでしょう。

だから阿遅志貴高彦こと「武日照」は、

『古事記・日本書紀』に詳しく記されないのでは。

また、志貴=「磯城」=「シキ」は、大和国(奈良)の中心、

磯城に通じる言葉なのでは。

弥生時代の奈良磯城郡の「唐古遺跡」とか、

銅鐸の生産地とも言われ、楼閣の描かれた土器といい、

この遺跡は「武日照」や「天津日子根」とも

関連するものなのだろうなっと、



古代の奈良に、

思いを馳せて・・。

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帰還

出張生活から帰還しました。

仕事に追われそうなので、

これから趣味に没頭する時間はあるのだろうか・・。

という感じでもあります。


とりあえず、ペンネームを変えようと思います。

「津上将一」と名乗ってきましたが、

これじゃあいかんだろうと(笑。


ということで、三河大伴氏の始祖・登美ノ長脛彦からあやかって、

「小登美ノ長宿祢彦」

ということで落ち着こうかと。

「しょう」をいかしたいので、小=「しょう」で、

結びつけてみました。ということで『天下侍魂』の管理者名を変更。


長脛彦の兄は、阿日(アピ)

神武帝に従った始祖は、大伴ノ日臣。

登美と、日と、今回の仕事の地域。


何か運命で導かれた感があるので、

俺、やれそうな気がします。ご先祖様!

と前向きに考える事にします(笑。

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