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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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津波と安藤氏・南部氏

鎌倉時代に東北沿岸に勢力を誇った

安藤氏と南部氏ですが、

どうして系図が、いつも絶え絶えなのかなあと、

不思議におもっていたのですが・・・。

全て もろとも押し流された、という結論に

たどりつきました。

安藤氏は十三湊を実際に大波にのまれて、

嫡流は断絶しているようですし。

蝦夷島に渡り、旧上磯町の茂別館を拠点とするようですが、

海岸段丘の、小高い所に屋形があります。

そういえば道南12館はすべて、

小高い丘の上にあるんじゃなかろうか。

海辺の領主の

津波に対する警戒心は、さぞかしだったのでしょう。

南部氏も事跡のわからない当主が

がっぽりいますが、いろいろあったんでしょうね。

縄文時代の貝塚とか、

古代遺跡のあるところって、

縄文海進の頃の、水位が

一番高い時期につくられていますから、

一番安全な場所って、縄文遺跡のあるところ

かもしれませんね。

復興の際には、安全ラインとして、

縄文遺跡の分布が参考になるかもしれません。

と、ふと思った・・・。

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川越町興しイベントの件

kirth様へ

町興しご苦労さまです。

このイラストで完成形として

応募したいです。

どうぞ宜しくお願いします。
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兜は、伝)上総広常のものを参考にしました。

鎧は 少し古代風の黄金の鎧をイメージしました。

旗は 源氏の先陣大将として頼義や義家伝来の白旗のつもりで、

秩父党の神様の名前入りにしてみました。

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河越重頼のつもり

kawagoe03.jpg

今日の気分で 鎌倉時代の武将、

河越重頼のつもりです。

関東武蔵の源氏累代の侍大将。

「平ノ忠常の乱」後に勢力を握った平家一門の子孫で

関東に強大な勢力を持っていた秩父平氏の惣領家。

代々「武蔵国総検校職」。


先祖は源ノ頼義、義家に従い、

奥州阿倍氏、清原氏を打倒するための先陣を代々務め

「源氏の白旗」をもって「奥州平定」に従軍。


息子・重房は義経に従い「平家打倒」に貢献。

義経と近しい関係の為、「義経事件」に連座し失脚。

河越氏没落後は、「鎌倉武士の鑑」とされる

一門の畠山重忠が惣領職を継承し、

源軍の先陣として

「奥州征伐」に従軍、

秩父平氏の軍勢が

「奥州藤原軍」を打ち破る。

(戦国時代の坂東平氏・豊島家の

 「黄金の甲冑(ゴールドクロス!え)」

 伝説とかありますし、

 武蔵の豪族の富裕さは

 ハンパない感じだったんでしょう。)

<絵、もうすこし 手直しするかもしれません>

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東北に封印された邪神・天津甕星

2,000年前くらいかな。

古代に天孫降臨の神が鹿島を拠点として、

それより東北の、天津甕星という神と戦い、

甕に封印したらしいです。

在地の国津神ではなく、

天孫族から国津神側に寝返った事で、

最悪とされるようです・・。

昔の言い伝えが、何か伝えようとしてたんかなあ~

と今おもえば、考えられなくもない。

ということで、東北ガンバレ 関東ガンバレの気持ちで、

絵を書き進めてます。

いまのところ こんなかんじ。

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