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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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竜馬なら(現状日本で)

とことん開国主義なんだろうなと思います。


日本の為に、企業減税必要なしでしょう。

日本政府が、民主党が、

中国のように諸外国に中国村をつくっていくような

政策を主導できないのなら、

優秀な人材の集まる企業の背中をおしてあげて、

日本という国の枠に縛られない、

世界を引っ張る会社になるように、

荒海にあえて送り出してあげるべきでしょう。

ドーナツ化を気にしての、目先の企業減税とかで、

金もちの住み心地のいい国を守ってどうするのでしょう。

内にいる弱い一般人にばかり負担を強いる、

これこそ富裕層の「佐幕鎖国政策」。

優秀な企業が外国にあるほうが、

外に飛び出すステップとして利用できると考え、

これから勉強を励む子供たちの

世界への夢へとつながるのでは?


国として「バイオ燃料」関連の投資をして、

他国に燃料を依存しない自給自足国となり、

通信・流通を整備し、治安の良い

工場島として魅力的な日本であれば、

企業はそれなりのリスクがあっても日本にもどってくるのでは?


日本の将来の為に、

世界に挑む大企業の信長的人物、

一般人から秀吉のようにのしあがる人物を、

生み出す国になるべきでは?


というわけで、例えが竜馬スタートでも織田家に戻る(笑。
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織田対 宗教勢力

honngannji155080.jpg

またまた なんとなく作ってみました。

信長様の敵対勢力。

内なる敵との10年戦争。

領国内の民衆との戦いでもあります。

人の心の中のことですから、信長様でも

武力だけでは御しきれないものだったでしょう。

北陸御番役となった柴田さんの敵、まさに民衆ですね・・。

長島、越前の一向一揆を鎮圧した、惟住(丹羽)長秀、瀧川一益。

この両将は一向一揆の恐ろしさを骨身に知っているので、

二人の軍団を一揆鎮圧のエキスパートとして実力を認め、

信長様は側に置いて(遠方に配置しないで)、

畿内を転戦させたのかなあ~(妄想。

佐久間軍団ばかりではなく、

他の遊撃軍団とされる武将も、

役割は大きかったんじゃないのでしょうか・・(妄想。



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1580年高野山

1580kouyasan.jpg

高野山金剛峯寺、寺領17万石。

1580年から、1582年にかけて、

神戸信孝が包囲していたであろう高野山関係について

図をおこしてみました。

関連する勢力=黒文字。

地名=紫文字。

高野七口(七砦?)=緑文字。

信孝関係の拠点=青文字。

黄色い範囲、高野山に籠城したであろうと
推測される兵士の招集地(だいたい というか多分)。

紀伊国は在田郡、那賀郡、伊都郡、高野の山地沿い。

大和の宇智郡、十津川方面。


佐久間信盛の没地ですが、1582年に息子・信栄は信忠家老に復帰。

高野山の内情でも探っていたのでしょうか。

高野攻略が成功すれば、

佐久間信栄は重臣に返り咲けたのかなあ(妄想。


高野山の資料にみえる攻略軍の大将・堀秀政は、

各地を転戦しているので忙しくて

実際いなかったんじゃないかとゆうことです。

馬廻衆の野々村さんあたりと交代で、

つめていたのではないでしょうか。

摂津有岡城攻囲のように気長にやろうとゆうことでしょう。


信孝の「四国征伐」という軍事召集は、

実は「高野山攻め」のフェイクだったのかなあと(妄想。

信孝が西側から、信雄が東側から、

紀州を統一する日があったかもしれませんね。


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