プロフィール

登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


FC2カウンター


月別アーカイブ


カテゴリー


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

蒲生賢秀

odano777.jpg
今日の気分は蒲生賢秀!!(のつもり。)
後姿限定ですw

南部家伝来の「燕尾の兜」が蒲生家からの伝来だとか。

ということで思いを馳せてみました。
蒲生氏郷といえば国揺らしの「鯰尾の兜」だし、

とはいえ奇抜なデザインの当世具足やから、
信長様世代頃からの
爆発的流行だろうと自分ではおもってるので、
信長様と同年生まれの蒲生賢秀さんのかなっと(妄想)。

「燕雀いずくんぞ、鳳の志を知らん」
という言葉が
頭にこびりついてるので、
燕といえば迅速ですが、大将の器ではない
ザコっぽい感じがするんですが。
瀧川さんが部下に向って
鶴よりも雀の楽しみを味わいたまえと
部下にさとしていましたけど、
蒲生家はもともと鶴だしなあ・・。

超ポジで良い解釈をしてみると、
まあこんな感じだろうか・・と。

賢秀さんは氏郷さんとともに
信長様の近江馬廻衆の主力として
傍近くに常にあったとおもうんですが、

1582年の「本能寺の変」のときは
安土城留守居で信長様の家族を保護して
本拠・日野城に立て籠もります。

織田家に降服してからは
最後まで親織田的な賢秀さんは、
鳳の信長様と強く惹かれあうものが
なんかきっとあったんだと思います(妄想~)。

稲葉良通さんなみに一徹な
蒲生賢秀さんの侍魂に、
合掌~。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

スポンサーサイト

黒田長政

odano775.jpg
今日の気分は黒田長政!!(のつもり。)

ブラック侍です。黒田家といえば水牛の角軍団なので、
背中に背負ってもらいましたw

親父さんの、秀吉の軍師・
黒田孝高(如水)さんに前線で戦う大将は、
「匹夫の勇」だといさめられつつも、
母里太兵衛らと前線で働き、
武功をあげてます。

遺言状には子孫には、
「大将たるもの匹夫の勇を競うな」
と言い残してるので、
本人は判ってやってたんじゃないでしょうか?

織田信忠、信孝、蒲生氏郷など
足軽に混じって前線で戦ったといいますし、
織田信長公も若い頃は林・柴田らの
弟・信勝派の反乱軍相手に戦い
信長自身が林の弟・道具を討ち取ったといいますし、
若い頃の「槍先の功名」は、家臣達に
なめられないように命をかけてでも揚げて置く
必要があったのでは?

戦神・上杉謙信も、
揚北衆で自分より若造の本庄繁長から、
自分に比べて「謙信は武名すくなきゆえ」とか、
なめられた言葉を言い放たれてます。

父親が凄すぎて
部下になめられちゃうから
2代目という立場はよりいっそう
死地に身をおかないとと思い、
わざとやってんじゃないでしょうか。

それにしても、竹中半兵衛さんが
信長様から隠してまで育てた
黒田長政さん。
拾った命を父・如水さんは
大切にしてほしくて諌めてたのかなあ~。

というわけで「天下侍魂」は
九州の戦国大名のページを
三分割してみました。
(黒田家はでてこないんですけど・汗)

遅れてきた戦国武将・黒田長政の
竹半・黒官の思いがつまった侍魂に合掌~。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

細川清氏

odano773.jpg
今日の気分は細川清氏!!(のつもり。)

室町幕府の三代目執事さんです。
時の将軍は足利義詮公。

幕府の為に、天下一統につっぱしり、
南朝勢力に大打撃を与え、
もうすこしというところまで来て、
その権勢を恐れる諸大名、
または将軍の思惑?
から逆に追討される立場へと追い込まれます。

彼は望まずとも、
周囲が反逆するしかないところまで
もっていってしまいます。

「いまはただ京都を、幕府を破壊せん」
という復讐の鬼になるしかなかったと
いうかんじです。

足利幕府も、こういうことの連鎖が
ず~っと続いちゃいますねえ・・・。

足利義氏の頃から被官化してる
一族の真の
細川嫡流はこれで
途絶えてしまってます。

細川家はなんだか同族間でも大変だし、
人って変化を求めるものなんでしょうかねえ。
俺は安定がほしいですけど。

自分が何を守ってきたのか
わからなくなった時。
信頼してきた人がわからなくなった時、

自分ならどう動くだろう・・。

南北朝の頃にも、いろんな思いが交錯してますねえ~。
出家しないで、
反逆するところが、攻撃的でやっぱ武士だなあ。

細川清氏さんの猛々しき「侍魂」に合掌。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

「太平記 おもろぉ~っ!」

北畠顕家

odano772.jpg

今日の気分は北畠顕家!!(のつもりです。)

21歳で浪速に散った若侍。

奥州軍を支配下に収めたカリスマ。

とにかく「だた者」じゃあない感じです。

伊勢国司となった北畠家ですが、
戦国時代に活躍した子孫の
具教さんは剣豪ですし、
織田家はかなり手を焼いて伊勢を
手に入れたと思うのですが、
「信長公記」では影の薄い感じです。

織田家から養子に入った信雄さんの代に、
北畠家の宝物を
ちゃんと引き継いでいるんでしょうかねえ~
ぽいぽい捨ててそうでオソロシイ(謎。

安土城を燃やしたのは信雄さんは濡れ衣らしいですが。

それにしても、北畠という名門をついだからには、
奥州探題にでもゆくゆくはなる予定だったのかなあ(妄想~。

と話しがいつもどおりずれていきますが、
思想家の父・親房にスパルタされて、
朝廷軍の柱石となって働き、

「建武新政」と現実との
ギャップに苦しみながらも、
南朝に忠節を尽くし死んでいった
若き侍魂に合掌です。

今の日本の若者たちが
政治と現実のハザマで苦しんでいるのと
おんなじ心境なんでしょうかねえ~。

今なら、南北朝に共感できるかも?

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

「太平記 おもろぉ~っ!」

長崎高重

odano771.jpg
本日は、鎌倉執権北条家の内管領として
横暴を振るい幕府を傾けたといわれる、
長崎円喜さんの孫にあたる長崎高重さんです。

得宗家の侍大将として、鎌倉幕府軍の軍監を務め、
鎌倉落城の中で、敵軍に80余度の突撃を繰り返し、
敵将・新田義貞の本陣を襲い、
最後は主・北条高時に自害の手本をみせるといった、
あっぱれな行いで武名を残した武将です。

まさしく「死に華」。

敵に突撃を繰り返すなど、京都に散った
織田信忠さんにも通じるところがありますなあ~。

高重さんは祖父・父親の悪名の中で、
自分の位置づけというか、周りの冷たい視線の中で
尊敬される「真の武士」たるべく、あがいて育ったのかなあ~
という感じがしますね(妄想~)。

鎌倉幕府滅亡に殉じた侍魂に(合掌)

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。


よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

「太平記 おもろぉ~っ!」



赤松範資

odano770.jpg

今日の気分は赤松家!!
ということで円心さんをただ描いてもおもしろくないので、
(円心木造の模写になっちゃいますからw)
ちょこっと妄想を膨らましてみました。

ということで円心さんの嫡男・範資。

円心さんのイメージは年齢の功もあり、
老練な戦略家というか、尊氏にとって
畿内の情勢に明るい軍師的存在だったんじゃないのかな?と
思いました。
黒田官兵衛っぽい印象です。

範資は常に矢面に立つというか、父の為に
いたるところで奮戦しています。

1550年に円心が死去し、家督。
翌年にぽっくり範資も死んでしまうので、
事績が父上と重なりすぎて影になってしまう印象があります。

その跡職は比叡山の元僧侶で、
同じく比叡山の別当となった護良親王に従う荒法師
として活躍していたのであろうと想像される
律師則祐さんが継承しますが、
おそらくこの人の場合は子孫が嫡流っぽくみせるため
脚色した部分もあるんではないかと思ってます。

それにしても、太平記の「赤松蜂起の事」
というところで船坂山に赤松筑前守が防戦するとあり、
(弟・貞範、嫡男・光範がともに筑前守を称してます。)
ひょっとして、羽柴秀吉の筑前守任官というのは、
九州を意識してという話しよりも
播磨進出を意識しての「筑前守」だったのかなあ~と(妄想)。

歴史は繰り返される感じで面白いです。

あと狂犬としたのは、赤松家の家系で
時々、常軌を逸した行動にでる武将が出現するので、
狂犬の血統かな?というイメージで名付けてみますたw。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。


よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

「太平記 おもろぉ~っ!」

妖霊☆楠木正成

odano768.jpg
今日の気分は、
わが郷土の英雄・楠木正成公!(のつもり。)
大阪から無事帰ってきてます。

河内の国といえば、
乱世に現れるという宿命の
「天王寺の妖霊星」様ですなあ~。

この不景気の世の中、
関東の政権をひっくり返すには、
やはり関西からのゲリラ的な持久戦でしょう!(なんのこっちゃw)

時の権力者・鎌倉の北条高時の酒宴に、
「天王寺の 妖霊星を みばや」
と現れた妖怪たちは
いったい何者だったのでしょうねえ。

太平記には不思議な
余話がけっこう掲載されていて、
当時、妖怪がほんまに信じられていたのか
という感じです。

信長公記にも、大蛇や妖刀の話しが
載ってるのが、中世っぽさを醸し出してて
味がある感じがします。

話しが逸脱してますが、

河内国の武士の武名は
源ノ頼義、義家親子にはじまり、

強大な敵に立ち向かう美学というか、

楠木正成の中興し示した武名に、
その後の
北畠顕家、楠木正行。

後世の木村重成、真田幸村(信繁)などの
武士達も憧れたんではないでしょうかねえ~。

正成さんは「河内おとこ節」にでてきそうな親分肌な
侍大将だったんでしょうかねえ~
と思いを馳せてみる。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

足利家一門のページ、
足利尊氏の外様家臣団のページ、
新田義貞の家臣団のページを
整理更新してみました。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

「太平記 おもろぉ~っ!」

荒川頼季

odano767.jpg
今日の気分は織田家の勇士、
荒川頼季さんです!!(後姿限定!汗)

「運は天にあり、死は定め」
というかんじに読むんでしょう。

明日、飛行機に乗るので
この心境です(怖)。

兜の前立てに、乱丸さんの
「南無阿弥陀仏」みたいに
つかわれてたんだと思うのですが、
そばによって見ないと見えないとおもったので、
旗印にしてみましたw。

これに似た言葉を、
上杉さんもゆってはるし、

関東の北条家の武士さん
ん、関東管領の家臣さんの
だれかやったっけ?

けっこういたるところで
使用されてるみたいです。

というか戦国時代の死生観?

命あるもの限りありなんでしょうけど。

のちのちに語り継がれる
武辺道をいかに世に残すか
というとこにコダワリがあったんでしょうかねえ~。

ということで、天下布武の
夢のもと、
伊勢長島に散った荒川さんの
侍魂に合掌~。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

足利家一門のページ、
足利尊氏の外様家臣団のページ、
新田義貞の家臣団のページを
整理更新してみました。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。

「太平記 おもろぉ~っ!」

あけおめV 藤吉郎秀吉

odano764.jpg
あけましておめでとうございます!

今の気分は、開運招福の神様!
木下、羽柴、豊臣の
藤吉郎秀吉!!(のつもりです。)

この暗い時勢、底抜けに明るく世の中を照らしてください。
ということで神頼みですw

日本人なので、アメリカンドリームに対抗して、
ジャパニーズドリーム(あ)
もとい「日本人の夢」ということで。

農民から、かけあがってんもんなあ~。

よくよく考えるとすごい人ですよね(うんうん)。

「世の中の人たちが、
 秀吉が天下人になることを望んでいる。」

と当時の誰かの手紙の文章を
なにかで読んだ記憶があるんですが、

家康さんから北条家の誰かだったっけ・・
(すいません思い打線です、いま調べるのも億劫w)

もともとのきっかけなんですけど
堀秀政さんが、あのとき
「天下を おとりなさいませ。」
とほんとにゆったんでしょうか(謎w。

また話しがそれてますがw

今年は日本人に秀吉魂を
分け与えてください。
その侍魂(ポジティブなこころ)で
再び日本の黄金時代を!!

景気回復、お願いします。

( _ Λ _ )”

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

banner_02.gif
↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま~す”

ブログランキング・にほんブログ村へ←こちらのランキングにも参加しました。
上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。
押してくれた貴殿に感謝でぇ~あります。

よろしければ、リンクしてます私のHP「天下侍魂」
御笑覧ください。m(_ _)mペコリン。



 | BLOG TOP | 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。