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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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新田義貞

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今日の気分は新田義貞!(のつもり。)

山名時氏さんと一門つながりなんですけど、
足利高氏さんから、かなりの切り崩しを
受けていて、
大島、岩松、山名といった人達が
室町幕府方となっています。

新田義貞さんの何がまずかったのか。

将来的展望が
なさそうなとこと、

無骨な武人すぎて
政略に巧みな公家に
いいように操られてしまいそうな
ところが武家の指導者としての
器に足らずというかんじで、

目ざとい武将達からは
見限られてしまったのかも
しれませんね。

朝倉義景、柴田勝家にも言える事でしょうか(妄想~)。

それにしても、
「八部の竜神」という台詞の意味が気になるw。
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・後醍醐天皇、護良親王の軍団。新田義貞、楠木正成の家臣団のページ。
・足利尊氏の一門衆のページ。
・足利幕府外様守護大名のページ

御笑覧ください。m(_ _)m

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山名時氏

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今日の気分は山名時氏!!(のつもり。)

どっぷり太平記にはまっていますw

基本書は西村真次編の現代語「太平記」と、
吉川英治先生の「私本太平記」を読み比べつつ。

南朝方の坊さんが書いたもので、
足利直義も読んでいたとか。
で、今川貞世さんがじいさん達のことが
悪く書かれているので「難太平記」という
批判文を書いていたり。

瓦版の如く、当時の人たちが
全国で起きてる出来事を知るために
新聞代わりに愛用してたんでしょうか・・。

足利政権が動き出してから、
京都の天龍寺供養で、
足利兄弟の行列が街中を練り歩くようなんですが、
足利家の全盛期というか
錚々たる顔ぶれが行列に参加してます。

その露払い一番手を勤めたのが山名時氏さん。

織田信長様の京都馬揃えでは丹羽長秀さんが勤めてるので、
山名時氏さんは足利家ではそのような階級にあったようです。

「難太平記」ではライバル一家の山名家を悪く書いている
ということなので、山名時氏さんの放った言葉にも
別の解釈が成立するのかな?と思い、
台詞を自分なりに変えてみました。

武家が必ずや、公家を倒すだろうという予言かな?
とも思えましたので(汗。

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足利直義

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今日の気分は南北朝。
足利直義です(のつもりです)。

兄の為に、源氏の為に、武家政権の為に
幕府創立までとことん牽引車として働き、
頭領である兄の手を汚さないために、
自ら悪役を演じたであろうと、
やや悪人面にw。

建武新政の下風にあることを
良しとせず、
武家政権を実現すべく、
兄をひっぱりだし、
室町幕府をつくったのは
この方の政治力に拠る所が大きいかと思います。

それに天敵・護良親王を暗殺しはりました。

自分が室町幕府を作ったんだと
自負があったかと思います。

高師直さんには執事ごときが、
天下の運営に口をだすな
といったかんじでしょうか。

新しい武家政権・足利家も、
北条家でおこった内管領と
御家人の争いのような関係の繰り返し
だったのかもしれませんねえ。

それにしても直義さんが負け続けても、
兄・尊氏さんが戦場にでてくると
突然、足利軍の士気があがり
逆転するところが、不思議です。

尊氏さんは政治家といわれますが、
はたしてそうなのか。

南北朝はおもしろそうですねえ。
これからは、足利家も探求していきたいと思います。

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団(梶原)忠正

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今日の気分はだんだだん!!
じゃなくて団忠正さん!(のつもりです。)

親衛隊つながりで、織田信忠さんの
側近の忠正さん。

「甲州乱入」に森長可さんと双璧の先鋒をつとめ、
川尻秀隆さん、瀧川一益さんの制止を振り切り
進みに進んで、上野にまで乱入して
あっというまに武田領を征服してしまったので、
驀進!!としてみました。

森乱さんと親しい仲の様子で、
森乱さんからの手紙が現存しているとか。
兄の長可さんともきっと良好な関係だったのでしょう。


梶原姓をわざわざ団と改名したのはなんでかなあ~。
源ノ義経さんの鎌倉搦手(別働隊)軍の軍監として
悪名高い梶原景時さんと印象がかぶるのを避けたのでしょうか。

ダンということで鉄砲もたせてみました。
おおでっぽうとか、長銃とか
身体的な膂力に優れた侍大将専用の鉄砲も
あるとかなので、その受け台となる弾除け兼用鉄盾
とかもあったのかな?ということで(妄想)。

命がかかってんだから、
当時鉄を張った鉄甲船があるのだから、
板に鉄を張った盾を織田軍なら
持ってたんじゃなでしょうか?(妄想)

もともと武田軍が考案した、
竹束の盾は足軽用簡易弾除けとか、
貧乏な大名が用いていたのでは?

のちに上方兵の装備に度肝を抜かれたという
長宗我部や、小田原北条家の話しもありますし。
そおゆう点での装備の差に
カナワナイと戦争を諦めたりしないのでしょうか。

とゆうことで話しがそれていきましたが。

あと、織田信忠さんが武功のあるものに
紫の母衣(ホロ)を与えていたらしいので、
信忠さんの好きな色は紫で、
軍団の中で紫色が増殖していただろうと
いうことで紫龍軍ということで押していこうかと
かってにおもってます(笑)。

信長さんが赤と黒、秀吉さんは黄色(黄金系)
光秀さんは水色桔梗の旗なので、
水色がすきなんかなあ~と
思ってます。
なんだか皆イメージカラーがあったんじゃないでしょうかね。

とゆうことで、また話しがそれましたが、
団忠正さんは「本能寺の変」の際、二条御所にて
織田信忠さんを守護しながら
戦死してしまいますが、生きてたなら
必ずや織田家の重鎮となっていたことでしょう。

惜しい・・・。

戦国の世に終止符を打ち、
新しい秩序を生み出さんと「天下布武」に生きた
あらぶる「侍魂」に、合掌~。

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長谷川秀一

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今日の気分は、長谷川秀一さん!(のつもりです。)

歴史上の人物として重要な役割を
演じたはずなのに出自と事績が謎というつながりで(笑)。

信長様親衛隊の隊長「五奉行」のひとりで、
織田信秀公の御落胤とも、
信長様と男色の関係にあったとも言われてます。

万見仙千代さんがお亡くなりになったあと
そのポストと邸宅を引き継いだようです。

京都馬揃えの後に、秀吉さんが
「参加できずに口惜しい、イベント内容やら皆の装束を
できたら教えてほしい。」
と秀一さん宛てに手紙を書いていたり。

信長さんに一番近しい間柄であることを
秀吉さんも意識していたようです。


「本能寺の変」の際には、
家康さん(穴山梅雪さんも)を堺に案内し接待中。

穴山さんは別行動で戻り殺害されますが、
京都あたりで一揆にやられたことになってますが
長谷川さん家康さん二人の意思が絡んでるんでしょうか。

家康さんが織田領を通過できたのは
長谷川さんの威光ありか。

自領に戻った後、家康さんの旗本でも
嫡男・信康と近しい平岩親吉や柴田康忠が
甲斐・信濃に派遣され、

酒井・石川等の有力重臣達の動きが
目立たないのは、
織田家の重臣に遠慮した動きだったから
なのかなあ・・・。

長谷川さんはどこまで家康さんを送ったのでしょう。

光秀を打倒し、仇を討つ戦力と
家康さんに期待していたのか、

それとも逆に家康さんに人質とされ
脅迫されてたのか・・(妄想)。

秀吉政権下では堀秀政さんとともに
重く用いられていることから、
無事戻ったというか、徳川家とは
友好的に過ごしてたのでしょうか。

柴田勝家が、「北条家が織田領に乱入し
徳川とにらみ合っている、内部で対立しないで
北条家を倒そう」と、
秀吉との対立の中で手紙を書いてるから、
徳川家康さんはあくまで織田家よりのスタンスで
独立はしていないと仮面をかぶっているので、
長谷川さんは上手く利用されてしまっていたのかなあ・・。

のちに秀吉の下で
紀州征伐に抜群の軍功をあげ、

朝鮮出兵に従軍し、あちらで客死
してしまいますが(跡継ぎ無し)、

堀さん、長谷川さん、矢部さんが
力をあわせれば織田家存続しただろうに・・・。

信長様の寵愛を得るための
ライバル関係にあったから
その後も手を組めなかったのでしょうかねえ(妄想)。

戦国の世に終止符を打ち、
新しい秩序を生み出さんと「天下布武」に生きた
あらぶる「侍魂」に、合掌~。

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河越重房

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今日の気分は源平で、
源ノ義経さんの切り込み隊長を務めた
河越重房さんです!(のつもりです。)

義経さんの正室の父は河越重頼。

その嫡男で、義経さんとは義理の兄弟な間柄
という関係です。

先祖の代から源氏に出仕し、
先陣を任されてきた秩父平氏の流れで、

源ノ頼朝の先陣大将・畠山重忠とは
従兄弟の関係です。

歴史から事績は詳しく読み取れませんが、
(頼朝さん、北条家に抹消されたのでしょう。)
平家打倒に獅子奮迅の活躍をしたであろうと
推測されます。

盾と弓を、佐藤兄弟で使ってしまったので、
真っ先に飛んでく「矢」ということにしました。

義経に従い平家打倒に生きた、
河越重房さんの
「侍魂」に、合掌~。

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堀秀政

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今日の気分は堀秀政!!(のつもりで)

戦上手つながりで、戦国最強は堀秀さんだろうと
率直に思ったので。
描いてみました。

上杉謙信は鍛え抜かれた本隊約8000人で
臨機応変に敵の弱点を突く戦闘を展開し、
まさに戦場の毘沙門天だったのでろうと思うのですが、

織田軍の中で、戦局により
突然に臨時編成された部隊を率いて、
敵にあたり撃破してくるという離れ業を
何度もやりとげた堀さんの戦場を読む勘と、

近代的な戦闘に移行した、戦国末の兵法を
畿内の戦闘で経験を積み駆使する事ができる
堀さんならば、
旧世代の戦国大名さんとの
戦闘では遅れをとることはないだろうとの
妄想から、

この御方に一票です(笑)


戦国の世に終止符を打ち、
新しい秩序を生み出さんと「天下布武」に生きた
あらぶる「侍魂」に、合掌~。

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源ノ義経

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今日は気分で、源の義経さんです!(のつもりです。)

いつも以上に気合で描いてみたんですが、
長女さんにも主役の信忠さんでしょ
とつっこまれるので、描き分けの為
前髪をつけてみました(笑)。

義経さん、文句なく好きですw

ただ、静御前だけならいいのですけど
何人も側室がいるやんか!!
ということで、静さんとのあの名場面が・・・。

「しづやしづ しづのをだまきくり返し
 昔を今に なすもよしがな(涙)」

平家打倒に生きた、義経さんの
「侍魂」に、合掌~。

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源ノ頼朝の家臣団、源ノ義経の軍団のページを ご照覧ください。
odano748.jpg←はみでるのでサムネイルというのを添付してみました。

源ノ範頼

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今日の気分は源の範頼さんですっ!(のつもりです。)

きのうから脳内、源氏頭だったので
源氏で一番好きな武将ということで、
男前に描いてみましたw。

孫子の兵法では、
大軍をもって、寡兵を制することは
戦の正道ですが、
大軍を律すること、
組織として機能させる大将の能力がなければ、
それは烏合の衆であり、
勝利はないと説いています。

義経さんは「兵はき道なり」を地でいく人ですが
「正兵」に優れた範頼さんが
真正面から平家軍と戦っていたからこその
源氏の勝利だったと思います。

とりあえず吉見家として
子孫が続いてヨカッタヨカッタ。

縁の下の力持ち、
平家打倒に生きた「蒲冠者」範頼さんの
「侍魂」に、合掌~。

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