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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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十河一存

時代劇の「銭型平次」で普通にみてるあの髪型、
がいつ頃からはじまったんやろと謎に思ってまして・・。
元祖はこの人らしいということで、
讃岐国の戦国大名、十河一存を描いてみました。
odano610.jpg


のちの新撰組の沖田さんとかの頭を
「十河額」と呼ぶみたいですね。

ただカッコが奇抜なだけでは
これほど有名になるわけがなく、
皆この人の武名にアヤカリタイという思いがあったようです。

一存さんは四国での寒川氏との合戦では
槍で肩を抉られながらも、
槍が刺さったまま敵将を討ち取る根性を見せ
敵味方を唖然とさせたといいます。

父の代からの一門の仇敵・三好政長を
討ち取る武勲をたて、三好長慶の四兄弟の中でも
一番の猛将で「鬼十河」と称えられています。

畿内にのりこんでは、
和泉国の岸和田城主。

病気の為、30代の短命で亡くなりますが、
京畿で武名轟き、信長様が上洛するまでは
当時の武士の憧れとなるようです。

頭を剃る理由は、
本人的にはかぶとの中は蒸れるから
とのことだったらしいですが、
その合理性も戦国らしい感じがします。

あと1560年代にキリスト教が
畿内でも受け入れられている様子なので
十河の「十」とかけて、
同じ様な形のものを おみやげで貰ったら
違和感なくかけてるかなあと、アレンジしてみました。

もし松永久秀とか三好家の侍達が改宗してたら
お寺焼き討ちしても宗派が違うからと、
あっけらかんと罪の意識はなかったかもなあ・・。
(自殺禁止だからそれはないか・・とひとりごと。)

よろしければ、リンクのとこからHP「天下侍魂」
三好長慶の家臣団を御笑覧ください。

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毛利(大江)元就

昨日に続けて、お絵かきにはまってますw
odano608.jpg

戦国時代中国地方の覇者、毛利元就さんです。

大内、尼子とうい大大名を
吸収併合した手腕は素晴らしいです。

鉄砲がもっと早く伝来していたなら
日本を統一できてたかなあ・・?。

で話しが変わりますが、
元就さんの肩書きをどうしよかなあ?
と考え込んだあげく
たどりついたのは、鷲王w

毛利家でも庶流に生まれた元就さんは、
尼子家に反対されながらも家督を相続したときに、
「毛利の家 わしの羽をつぐ 脇柱」
と詠んでいるらしいです。

大江氏の象徴は鷲、其の家系の中でも
一番に軍略を体現したのはこのひとだろうと
思ったので。

海王でもあるとおもうんですが、
海将・村上武吉がいるし、陸上戦こそ本領のようですし、
中国の覇王もいいけど、
覇王ってのは天下を制覇する
一人だけの尊称だろうと(信長様w)思いますので。

朝からしょうもないことに こだわってんな~俺(;>O<)。

//お後がよろしいようで。

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毛利元就の家臣団を御笑覧ください。

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秋山信友

「見方ケ原の合戦」で家康のことを追いかけまわして
ウンチをちびらせた秋山信友さんです(想像図)。

落ち武者のような肖像画が伝わってますが、
もっと華やかな武者だろうと思いますので、
こんなかんじでw

odano606.jpg

東美濃に侵入し、織田軍と対峙。

信長様の黒幌衆筆頭・川尻秀隆、
信長様の乳兄弟・池田恒興と
抗争をつづけ、織田信忠さんが1575年に
やっと倒した武将です。

ということで、信忠さん「すげええ!」



//お後がよろしいようで。

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武田信玄の家臣団を御笑覧ください。

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武田信玄(晴信)

武田24将の肖像画を見てて、
おっさんの信玄ばかりなので、
若い頃のエネルギッシュな信玄を描いてみよ~と
思いました。
odano604.jpg


風林火山の旗とか、
鎧にしても、けっこう派手好きだったのかなあ。

武田関係の肖像画では
父・武田信虎さんのんが
「ぬらりひょん」みたいで
妙な迫力を感じます。

目がなんか異様な感じ。
特別な技法を使っているのかなあ?

けっこう小柄にみえるんですが、
周辺国に虎と恐れられただけあるよなあ。

ということで晴信さんには、
心を鬼に徹した武将ということで、
デビルマンメイクをしてみました。

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武田信玄の家臣団を御笑覧ください。

織田信忠さんのすごさを理解してもらうには、
武田家をよいしょせんと(;><)という感じで
我ながら徳川家と同じことしてますねえw

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大友宗麟(義鎮)

キリシタン大名、大友宗麟を描いてみました。
odano601.jpg


九州の3大名のページにイラストがないのでw

それぞれに分割してページを作った方がよかったのか、
境界を接してるわけやから
同一ページで現した方がみやすいのんかなあ・・・。
まだ迷い中です。

九州は南蛮の異国情緒もあり、
先進性にかけては、畿内にも負けてなかったでしょうねえ。

三好家よりも、大友家の方が近代化が進んでるような気がします。

まあ、信長様には誰もおよびませんが(*ーιー)。

秀吉よりも、家康さんよりも
なんで信長様に魅力を感じるかというと、

未来に対してビジョンを持っていることが感じられるというか、
こおゆう日本を作ろうと、自分の中にもってはる確固たる信念が
行動に感じられるからです。

秀吉さん家康さんは付け焼刃というか、
ブレーンに影響されすぎというか、
家康さんの400年の基盤を作り上げた
応用力はすごいと思いますが、
国内統治のシステムにばかりというか、
内にしか目が向いてなさ杉なところが、
日本文化の近代化にマイナス過ぎて減点です。

其の点の器(うつわ)が、やはり信長様より小人物という感じです。

かなり話しがそれましたがw

よろしければ、
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上杉謙信家臣団の頁を改変

ふと思い立って上杉謙信の家臣団のページを
再UPしました。

ぼーっと眺めていて、これじゃあイカンとw。

何を変えたかというと、

①長尾景虎時代の家臣団、

②上杉政虎時代の家臣団、

③上杉輝虎時代の家臣団、

①~③を含めて上杉謙信の家臣団としたいなと思いました。

名を重んじる戦国時代になぜこれほど改名したのか。

名を変える度に権威を求めているというか、
景虎が高みに登ろうと足掻いてる気がしました。

景虎自身は後世、私達には謙信で覚えていてほしかったんかなあと。

毘沙門天は左手に数珠、右手に謙正の剣を持つといいます。
最後は信仰の極みにいきついたんだろうなあと妄想(そんで謙信)。

景虎(軽トラ)→関東管領(カウンタック)てくらいのランクアップで(え。
odano694.jpg


あと、気になったのが二人の養子、上杉(長尾)景勝と上杉(北条)景虎。
勝者の歴史改ざんで、景虎についた武将の過去の栄光はかなり削られて
いるんじゃないでしょうか・・・。

あと関東に派遣された旗頭、色部氏は祖先を秩父平氏というし
武蔵平野ではかなりの名門。

上野国には大江広元の子孫、北条高広。

謙信らしく、旧秩序というか王政復古というか、
名門の血によって政道を正そうという意識なのか、
能力というより権威に期待していたような気がします。

越中・能登方面に関しては
自分を慕ってついてきてくれている武将に報いようと思ったのか、
河田(近江出身)、鰺坂、吉江資堅など新参衆を大抜擢しているところが
関東方面とは180度方針が違っていて面白いかもと思うところです。

よろしければ、
リンクからHP「天下侍魂」上杉謙信の家臣団を御笑覧ください。

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信長様の安土城

西洋人が模写し描いた安土城図の元絵
の風景を想像してみました。
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信長様がローマ教皇のもとへ納めたという

「安土城図屏風絵」

それを西洋の人が模写したという絵柄をみていたのですが、
いったいどっちの方向から安土城を描いたんだろうと
ず~っと疑問でした。

琵琶湖が前面。
むかって左側が佐和山方向への町並み、
右側が瀬田方向への町並みなんでしょうかねえ・・・。

坂本から絵師が船に乗って、
安土城の城下町の港へ入ってくときに見えた風景かなあ・・・。

本物が見てみたいです。
「洛中洛外図屏風」より、
きっと素晴らしいものに違いないだろうなあ。

信長様のファンサイト(え。
HP「天下侍魂」も御照覧くださいw。

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尼子経久

伝・尼子経久の兜(カブト)が、
あまりにカッコ好過ぎるので
描いてみました。

odano595.jpg

このセンス!
さすが戦国乱世初期の一代の英傑です。

落ち武者スタートから、居城を奪還。
出雲を平定し、実質の守護として下克上。
他国を侵略する程にまでなったところで、
息子は自分より早く戦死してしまうし・・、
それでも室町守護大名・大内家と抗争するほどの
軍団を養成するのですから、たいしたもんです。

孫の代には分国の部下の中から
自身に似た危険な人物・毛利元就の台頭があり、
行く末を心配しつつ、天命を全うしています。

酸いも甘いも知って、

平ノ清盛的な人生かも。
HP「天下侍魂」尼子経久の家臣団のページも御照覧くださいw。

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北条家の方面軍

先日、ネタにした武田家の版図に関連して、
北条家のほうは、どないなってたんやろと
気になりだしまして・・・(;ーー)>”
odano587.jpg

武蔵国境側では、北条氏康さんの意向で、
武蔵の大石氏に養子入りした、
北条氏照さんの軍団と、
同じく藤田氏に入った北条氏邦さんの軍団が、
甲州の国境を睨んでいるようです。

相模国境側では、外様国衆の内藤綱秀が
武田親類衆・小山田家に対して、国境の重鎮の様です。

相模国衆では宿老・松田憲秀の松田家が、
北条家の家政の中枢にくい込んでいるのに対して対照的だなあと
思います。

武蔵江戸城主の富永直勝も伊豆衆から、
最前線の司令官に抜擢されているのですが、家政には
かかわっていない様子。

家政には御由緒家の遠山氏が出仕しているようで、
行政官と軍事指導者の区別が完全に成されているようです。

遠山氏は北条家の婿、
吉良氏の補佐も兼任していたのでしょうか。

河越城には同じく宿老の大道寺氏が
任命されているので、
家老達が新規領土・
武蔵平野の小軍団長だったかもです。

氏康さんの戦略、
初期は信頼の置ける武将を配置する傾向。
後期は婿養子乗っ取り政策で、
一門衆を外域に配置する結果となったような
気がします。

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武田一門衆・河窪信実

武田勝頼の最大版土図を作ろうと思い立ち、
境界を固めていた武将は誰かな?と
気になったので、武田家家臣団を
見直していってたのですが、
気になる武将が出てきてしまいました。
(織田家は方面軍がきっちり研究されてますが、
 武田家はまだ謎な部分が多い様子です。これから
 の研究が楽しみですね。)

「河窪一族、信実・信俊親子です。」
一門衆のわりにはマイナー気味?

同じ一門衆の一条信竜さんの評価は、
山県昌景さんが放った一言「華美を好む」の影響で、
昔はカッコつけ武将でダメダメのようなかかれ方を
していたけど、最近は見直されて、バサラ伊達者評価を
得られている様です。

が、河窪信実さんの名前は、
長篠で戦死したくらいしか
でてこないです。

武蔵方面、北条家の国境を守備する役割で、
武蔵鉢形城の北条氏邦と対しています。
織田信忠さんの「甲州乱入」では、
北条家は小山田信茂のいる相模口ではなく
武州方面から氏邦・氏照兄弟が軍勢を催している様子。
ということは河窪氏が受けて立っていたかと・・。

北条軍の侵攻というか
武田滅亡の際に北条軍の武功は伝わってないので、
「甲州乱入」には殆ど働きがないみたいですねえ。
(北条家は中立なのかなあ?)

北条軍が武蔵口に駐留しているにも係らず、
武田勝頼が河窪氏のいる方向、田野で戦死しているのは
真田の上野岩柩城を目指してという
長距離逃走を計画していたのではなくて、
河窪家を頼ろうとしたからではないのでしょうか?

後世の「真田天下一のツワモノ」に惑わされすぎて、
真田のいるとこに逃げればなんとかなったんじゃ
という贔屓が働いて、常識と化しているような感じです。
(自分自身もそう思ってましたし。)

河窪家は、上野国・武蔵国の境界の豪族の
那波氏(のち瀧川一益の与力)
を同心衆として従え、信玄弟・松尾氏の死後、
その遺領をも与えられ、
親族として抜群の信頼が置かれていた事がわかり、
これにより相当の軍事力を保有していたように
思われます。
(それにしても長篠で上野衆が殆ど戦死しているのにはビックリです。)

勝頼的には、河窪の背後の上野衆の後詰を期待できたとか。
上野衆の更に背後には、織田家とは犬猿の上杉景勝がいるから
なんとかなると望みを捨てていなかったかも・・・。

絶望の逃避行ではなかった気もします。天目山・・・。
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伊達政宗

今日の気分は「伊達政宗!」
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と片倉景綱。

"独眼流”とは言いますが、
信頼のおける相棒がいたので、
目は三つあったんじゃないかな?
という感じで、
背後は片倉小十郎さんが固めています。

肖像画をみると同じ三日月前立てなんですねえ。

伊達といえば印象深いのが左右不均等の兜の前飾り。
錘でバランスとってるんでしょうか?

あと奥州といえば豊富な鉄資源。
というかんじで刀も分厚いのを用意しました。

HP「天下侍魂」では伊達家の家臣団は
ぜんぜん完成していないので、そのうち
頑張らなくちゃなって思ってます。

伊達政宗さんはけっこう信長様を崇拝してるっぽい
ところがあるので、ファン仲間というか、親近感が
持てる武将だと思ってます。

大河ドラマも再放送してくれたら見るのになあ(ボソリ。

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北条氏康

今日の気分は北条氏康(謎。
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ということで氏康様を描いてみました。
北条五代の肖像画の中では、
氏康さんのクールな眼差しが好きです。

有名な「氏康傷」というのは、
額にある皺のようなとこなのか、
目じりから頬にかけての筋(すじ)なのか。

あっそういえば今日はキマグレンのMDの
外書きをしててタイトルのずしを、
「すじ」と書いてしまった。
自分の中でこういうつながりか(え。

それはさておき、
「天下侍魂」のHPに自分らしさを!と
考えるとやっぱ漫画というかイラストというか(^^;)。

お気に入り武将の絵を
入れてくのが自分的にも楽しいかなと思って、
4コマ描けないときは、1コマ、
自分の大好きな武将を描いていきたいと
思います。

37歳3人娘の父の趣味ですw(頑張れ日本!)。

追記、紋章は氏康様の印鑑で、機という字が、
書き込まれているそうです。
河越の夜戦やら、対上杉謙信の小田原籠城。
戦場の「機」を読むという意味なのか、
奥深さを勝手に感じてます。
あと字の周りの装飾も
すごく印象に残るので描きました。
西洋の何かを模したものの形状なのかなあ~?
斬新です、さすがです。

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織田家家臣団を更新。

ホームページ「天下侍魂」のほうで、
放置気味だった織田家に再び舞い戻りました(^^)。

尼子家の家臣団には旗頭と方面軍が
臨時に編成されてたりするけど、
各地で派手に負けたりして
領国が安定していないようです。

大内家の家臣団、大友家の家臣団には、
守護職として旗頭と方面軍がありますが
外様衆の力が強くて、当主は象徴的な感じです。

島津家、北条家、毛利家の家臣団は
領地と連動させた地域的な軍団が編成されてたんだなあと
思いますが、
島津は積極的な取り立て組が多くて、
当主の権力が強力な感じ。

北条、毛利は養子政策などでうまく外様を
取り込みながらも、島津的な本家の
旗本が育っていないような気がします。

ひとまわりして、

織田家では方面軍がまずあって、
旗頭の下の直参の家臣団があり、
与力衆と陪臣は、軍団には含まれても、
旗頭の家臣団ではないし、区別せんとあかんかったなあ~
と思い立ってきて、
家臣団、軍団にこだわってわけてみました。
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織田家家臣団のページ改変。

最近、信長様関係の研究が、
細かいところまで進んでいる様子で、
知らない人名にけっこうぶちあたります。

へ~、ふ~んと新発見に感心。

しかし、家臣団、軍団、与力、組下など新概念での
整理がすすんでいる様子で、
どこからどこまでが、どうやねんやろ・・・と悶々。

正しく理解したいと思う反面、
明智光秀の大和への影響力とか、人によって解釈が違っていて、
実はどうだったんだろ~という感じです。

筒井順慶は北畠とともに紀伊なのか、
惟任とともに中国遠征なのかw。

毛利秀頼、森長可、川尻秀隆は
瀧川軍団なのか、信忠さんの軍団所属のままなのか。

池田恒興は信長直参なのか
それとも信忠軍団の畿内方面旗頭なのか・・。

迷いのままにいますので、
間違いあるかと思いますがご了承ください。

おしつける気持ちはないので、
それぞれ自分なりの解釈優先で居てくださっていいと思います。

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