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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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瀧川一益の長男について

今日は、瀧川一益の長男について
考えていました。

瀧川一益はとにかく養子が多い。
それに甲賀出身の忍者でありながら
伊賀・甲賀攻めの中心人物だったため
忍者の子孫からも裏切り者扱いされ
経歴が抹消されているらしいです。

一族には瀧川益重の子といわれる、
カブキ者で有名な
「前田慶次」がいますが、

瀧川益重の父親が誰かも不確定なので
瀧川益重自身が、どうにも
身辺がはっきりしない人です。

『信長公記』に瀧川彦右衛門という人物が
信長の馬廻り衆として活躍しているのですが、
彼こそ、一益の長男ではないのかなあと
漠然とおもっています。

事跡の残る年代も重ならないし
同一人物でいいんじゃないかなあ。
1571年頃、信長の怒りをかって、出奔していることから
話がややこしくなってしまったのでは
ないでしょうか。

佐治新介益氏は、あくまで佐治家の人だろうし、
甥といわれる儀太夫益重は、
実は廃嫡された長男、彦右衛門益重なのでは?
注)あくまで、素人の想像ですので。
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柴田勝家のページを更新しました。

どんどん内容充実させていきたいです。

北天の毘沙門天の化身、上杉謙信と正面きって
戦えるのは、織田家でも柴田勝家だけでしょう。

勝家の北陸軍団。
顔ぶれからして精強な雰囲気が
伝わってきますね。

微妙に更新Σ( ’△’)

ひさびさ書き足してますけど

どうも調子があがりません。
集中力がきれて誤字ってまう
疲労してるなあ~。

TOPをチョット工夫したいのだけれども
枠が思うままに、あやつれませぬ。

「侍魂」について
フランシスコザビエルさんの
手紙から言葉を引用しました。

昔から日本人は名誉を重んじて
いることがわかります。
俺も人に笑われるのは嫌いです。
でも家族や打ち解けた人なら
わらかしてあげたい。かなっ

キンカ頭とか、サルっとか
信長は過激なアダナで人を呼びますが
信長的には身内やからって愛情表現
してるつもりで
それが誤解されて傷つけてたり
してたのでしょうか。

光秀的には人前でそう呼ばれるのは
恥ずかしくて・・だったのかなあ
気持ちを伝える表現ってムツカスィー!
であります。

タッキーのドラマを

みながらUPですw

戦国のタッキー(瀧川一益)のとこ
織田家の1ページ目をちょいと
書き込みました。

タッキーみたく一益もカッコイイのかなあw
義経とか、鎧兜着れる役できて
ほんま羨ましいですなあ。

「よしの山 みねの白雪ふみわけて
 いりにし人の あとぞ恋しき
 しづやしづ しづのをだまき繰り返し
 昔を今に なすよしもがな」

静御前に、想われて
本物の義経さんも、めっちゃもてます。

織田信長TOP

をちょっとだけカキコしました。
すんごいヒサビサw
信長の連枝衆(一門衆)を
早く追加したいものです。
仕事かたづいたら真っ先にやろ~っと。

信長の息子たちは
信忠、信雄、信孝の三兄弟は有名ですが

武田の人質になってた勝長
秀吉の養子になった秀勝、けっこう
気になってます。

連枝衆では、弟の信包
弟の息子の信澄、信澄はちょー御すすめです。

信長庶子で、塙 信正(1554~1647)
と名乗る人がいるらしいのですが
原田直政(塙 直政)となにか縁があったのでしょうか。
気になる人物なのです。

源ノ義経の

腹心となった部下に、
鎌田正清(のち政家)の子供
盛政と、光政兄弟がいます。

頼朝・義経、二人の父である
源ノ義朝と乳兄弟だった正清の子
ですから、嫡男を自負する頼朝にとって
もっとも頼りにしたい、思い入れのある兄弟
だったと考えられます。

しかし二人は義経の部下になったので
鎌倉幕府の正史「あづまかがみ」では
その活躍ぶりが、減らされています。
しかも、この兄弟の事跡が、奥州から
ついてきた佐藤兄弟の話に
すりかわっていたりします。

義経と、頼朝の確執のひとつの原因に
この兄弟の存在も、関係あったのでは
ないでしょうか。

兄は一ノ谷に戦死し、
弟は屋島で戦死します。
義経を守り討死していった
源氏ゆかりのこの兄弟を惜しむ
頼朝の気持ちが
義経への嫉妬と怒りにかわり
頼朝の心に「殺」の気持ちを
生んだのではないでしょうか。

「あづまかがみ」でも
この兄弟を描くことはタブー
になっていたのではと思われます。

佐藤兄弟はもちろん好きですが、
鎌田兄弟も、もっと陽の光を
あててあげたいものです。

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