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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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団忠正

梶原平八郎
団忠正さんのイメージで描きました。
梶原平八郎ともいいます。

森乱さんの友達でもあり、森勝蔵さんの同僚でもあり。
織田信忠さんに殉じた武将でもあります。

普通に信忠さんが天下人になった暁には、
日本国を治める宰相くらいにはなってたんじゃないのでしょうか。

惜しい人物です。

彼の知名度をあげて、あげて行きたいと思います。
『小説家になろう』
→http://mypage.syosetu.com/764692/
織田信忠の物語は第6話に突入しました。がんばるぞー。

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キャラ設定画(奇妙丸)

きみょうまる1
織田信忠さんのつもりです。
14・5歳頃の「奇妙丸」という感じです。

イマドキの絵柄風に頑張ってみました。
どうでしょう?。

挿絵も自分でやるしかないから、時間をうまくつかわないとですね。

地図にはあきたのか!というつっこみはご容赦下さい。笑。

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スサノオ

tamasuii5.png

スサノ王のつもりで、縄文時代チックに描いてみました。

特徴は土製の耳飾りなど(笑。

半島から来たんじゃないかとか、いろいろ書かれることもありますが。

なんだか作為的なものをかんじます。

大国主が1代の事績ではないと考えれば、

須佐の王の事績も数代に渡るものであって、

息子が日本各地に植物を植林していったというのも、

火山噴火の降灰などで森林が失われ、それを復活するために食用の植物を

たくさん植えていった事業のことではと思えます。

須佐の王の系譜が、

森林を管理していたからこその、

この列島大地の王家と尊敬の念を受けていたのではないでしょうか。

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団 平八(描きかけ)

dan3.png

織田信忠の腹心、団平八(つもり)の描きかけですw。

ちなみに、信忠付きになる前は、

信長様の馬廻りでもあった様子なので、黒幌にしました。

団と名乗る前は梶原氏らしいので、三浦氏と同族のような家紋でいいか・・という感性で。

秀吉に与えられた陣羽織のように、織田の家紋の周りに、その人なりの家紋が、飛び回っているのが、

信長様センスかと・・・思ったので、黒幌・赤幌衆の方々、それぞれ、そんなデザインの幌だったのでしょうかねえ。

HPは「織田家の系譜 その1」を更新。

気になったのは、斯波一族。

「尾張」を名乗る斯波は、熱田の元・国造国司家、尾張員職の系譜を意識しているんじゃないかと。

熱田神宮を継いだ藤原季範、

藤原範忠の娘婿、足利義康と、藤原の血が入った足利義兼。

足利義兼は、尾張氏を意識していたのでは。

尾張・武衛家に代わり、尾張の儀・与奪の実力を得た、織田信長は、

熱田の藤原を意識していても、おかしくはないです。

当初は、藤原ノ信長でも、尾張・三河を支配するくらいなら困らなかった・・、

けど、武家の棟梁的な存在を、この先に目指していくならば、

また、公武の一統も視野に含めるならば、平家であるべき・・・。

と信長様の合理的な頭脳が行き着いたのかもしれませんね。

なんてことを考えて1日が過ぎた。



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旭将軍 源ノ義仲(木曽ノ義仲)

yosinaka01.jpg
「義仲」のつもりで描きました。

9時すぎから書き始めて、
今、UPって感じです。2時間くらい。

絵の神様おりてきたかな?
ペン描きしたものを、スキャンして、ペイントで色つけてみましたが・・。

今の画力では、これが精いっぱいw

木曽義仲が越後の国府に乱入し、
柏崎の交易商人、花蔵となにやら密談したとか。
花蔵の背後には、藤原ノ秀衡がついていたとか。

義仲と、秀衡は同盟関係にあり、
義経は単身飛び出して行くしかなかったのか・・。

頼朝的には、義経を迎え入れても、
秀衡とのつながりから、スパイという疑念が払拭できなかったのかも
しれませんね・・。

頼朝の性格が歪んでいたわけではない・・と、解釈すべきか。
でもやっぱり、頼朝をいまいち好きになれませぬ。


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