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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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あね川合戦の事♪

『のぶただ公記♪』外伝。

五番隊 森可成、
六番隊 佐久間信盛、
本陣  信長様旗本衆。
という感じでしょうか。
img171.jpg

img172.jpg

img173.jpg

img175.jpg

下絵を描いてかな~り日がたつのですが、
信長様を何度も描いてるうちに
かなり濃くなってしまいました(苦労のあとw)。

なかなか納得いくもの描けなくて・・。
こういうのんは勢いでUPしていかんと
いつまでも更新できないですね。

「姉川の合戦」は、明朝の遭遇戦ではじまったといいます。
坂井隊は備えも万全でない状況で、磯野員昌と出合って
しまったわけです。

1・2・3番隊まで崩れ、4番柴田隊も危うかったと。
装備の点では、
実は信長様の旗本が一番破壊力
あったんじゃないでしょうか。

ローマ軍とカルタゴのハンニバルの戦い方で、
両翼に一度散開して、後で敵を押し包む
包囲殲滅の戦い方がありますが、織田軍も前半の
不利な状況は、きっと
その作戦のためだったんじゃ?(おれナイスアイデアw)

あくまで織田軍の敗北は認めません!!

というか坂井さんがおくれをとったなんて公記に書いてないし。
大失態とかいわれてますが、
原田や別喜、佐久間さんのように直後に追放されてません。
「死人にくちなし」というか早く戦死しちゃったから
引き立て役にまわされてしまってないでしょうか?

久蔵さんも特別な活躍がなかったら歴史的にスルーされて
いるような気もするんですけど。
当時の地元では英雄だったんじゃないでしょうか。

徳川300年の中で何かが変わってしまったに違いない・・・妄想。
(by 坂井さんの名誉を回復する会)
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柴田勝家♪

『のぶただ公記♪』外伝

坂井越中守の実名はなんというう~
の続きです。越中守の
お父さんの活躍した「姉川の合戦」!

一番隊 坂井政尚。
二番隊 池田恒興。
三番隊 木下秀吉。
四番隊 柴田勝家です。
img167.jpg

img168.jpg

img169.jpg

img170.jpg


柴田勝家の甲冑は、肖像画では古風な武士
という感じが多いですが、
1568年に上洛を果たした
最新鋭、織田軍の闘将ですから
ここは一発、南蛮風当世具足で!!

「姉川の合戦」関係の本を読んでいると、
徳川家康の加勢に丹羽長秀と稲葉一鉄がいたとか
(徳川軍だけで朝倉に対峙していないのが真相?)、

横山城を囲んでるはずの三人衆の中で、
稲葉隊だけ徳川家康の加勢にいたとか、
(徳川軍の奮戦により、稲葉の横槍が可能となったとか)

いろいろなパターンがみられます。

なんかあやしい・・・

結局、天下人の徳川家康の時代に
都合のよいように(徳川のおかげで織田が勝利したと)
全部 書き換えられてんじゃないですか。。

「長篠の合戦」にしてもそう、信長様が
別働隊の酒井隊に鉄砲を貸しているということは、
徳川勢の鉄砲が装備が貧弱すぎて
お話しにならないからなのではないですか?

大久保兄弟の活躍も信長本陣から
そう遠くないとこだし(信長様の有視界)

家康さんじゃなくて信長様にアピール
してるとこも笑えますw

白兵戦してるということは、
鉄砲掃射後の掃討戦にしか
徳川軍は活躍してないのと
違いますか。

屏風絵では前線に徳川隊が描かれていますが、
佐久間隊の鉄砲衆がほんとは前列なんじゃ?

「すべてが家康さんに都合がよすぎです。」

三千丁というのも、ほんとかどうか。
「すくなすぎです!!」

信長様が斉藤道三と会見したときの鉄砲の数から
(1553年に500丁)
もう、数十年すぎてるのに
畿内に進出した織田勢の鉄砲数が
それっぽっちしか増えてないというのが
(1575年に3000丁?)

逆に謎です。。。

なりふりかまわず、筒井や細川から
鉄砲をあつめたのですから、
万はなくても、数千丁だと思います。

定説っていうのが真実なのか
常識として信じてしまいそうな部分
恐ろしいことだと思います。
(俺は妄想しすぎですかw 信長様よいしょだ!)
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西美濃三人衆♪ in 姉川の合戦

「のぶただ日記♪外伝」
信忠様の譜代家老、
坂井越中守の名はなんという?

という頭の中の悩み関連で、
彼の父、坂井政尚が先陣を勤めた
「姉川の合戦」の屏風絵をみてたら
なんとなく描きたくなって描いてしまいました。
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img148.jpg

img149.jpg


いつのまにか100作目を突破していました(汗。
次からはタイトルを、畏れおおいですが『信長公記』にならって
『のぶただ公記』にかえたいと思います。

「姉川の合戦」でも
両陣営の中での様々な思惑ってあったのかなあ・・と、
浅井軍の磯野員昌の戦いっぷり!
徳川軍の朝倉軍を圧倒する戦いっぷり!

織田軍いいとこありません(;>△<)>!!うおっ

西美濃三人衆、
安藤守就、氏家卜全、稲葉一鉄。
勝利の鍵を握っているよなあ~
よく寝返らなかったものです。
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