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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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佐久間信盛♪

『信忠公記』1580年

信長様の怒りを買い、佐久間信盛が追放されます。
折檻状は信長様直筆。
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かってに官位任官した義経達を咎める頼朝みたいに、
勝って兜の尾を締めるというか、
権力者にはこおゆう時期があるんでしょうかねえ・・。
下のものにすれば訳判りません。

山口重政さんは追放された佐久間親子に最後まで従い、
佐久間姓を与えられるそうです。養子なのかな?

柴田勝家さんにおける柴田勝豊さんのような関係?

信長様の認識的には与力は与力なんだろうなあという手紙です。
軍団としても一応認められてるというか。
信長公記を読んでいて、
三河において平手見殺しの前の文章のニュアンスが気になるとこです。

信長の価値観というか、当時の武士の気持ちの
伝わるすっごい重要なものだなあと思います。
これに明智光秀の制定した明智軍法の前段を組み合わせれば、
武篇道というものが、見えてくると信じてますw

おちはワールドカップで監督を降ろされた方の名言で。

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池田孫次郎♪

『信忠公記』
摂津の国1580年くらいです。

六角佐々木氏の重臣・池田景雄が信長様に臣従して、
柴田勝家与力となり、柴田の越前転封には従わず、佐久間信盛の
与力となって本願寺の付け城在番として長く滞在。
本願寺と長く対陣したのに佐久間に恩賞がないということで、
佐久間軍団は与力衆が酷使され苦労するのが有名なので、
このネタで描いてみました。
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「信長公記」に登場する孫次郎に該当する人物は、
池田景雄があてられています。
が、柴田勝家・山岡景隆と同じく1520年代出生年の人物なので
実際戦場では息子の池田秀氏(高祐)が
主力として働いていたんじゃないのかなあ・・・(想像)

オチはガソダム種のあすらんゼリフでw

カテゴリーのところで4コマ漫画を、
年代順に並べなおしましたので、よければ御照覧ください。
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「大坂」石山

『信忠公記』
1580年石山本願寺との和睦が締結され、
顕如の長男・教如が退去して
矢部家貞(康信)が検査官として立ち合います。
その後、織田家の一門衆の第五位・
津田信澄が城主として石山に駐留し、
大阪の司令官と呼ばれます。
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荒木村重の跡の伊丹城に最初に在番したのも津田信澄。
信長様に実績を買われての抜擢だったのでしょう。
矢部さんの「康」の字は三好康長、
「信」の字は信長様つながりだったりするんかなあ・・。

それにしても、摂津方面に織田家一門色が強くなってきますねえ。
池田恒興は信長様の乳兄弟やし、
津田信澄は弟・信行(信勝)の息子、
塩川長満は信忠の妻の父、
中川清秀の息子・秀政は信長様の娘婿となって、
羽柴秀吉の養子に信長様の息子・秀勝、
三好康長の養子に同じく信孝。
紀州の保田には佐久間安政が養子に。
着実に血縁関係で地盤を固めていってます。さすが。

惟任(明智)光秀は濃姫様つながりでゆけば
外戚というかんじの立場なのでしょうか。
美濃衆は、信長様直轄の美濃三人衆、
信忠の支配する美濃の信忠馬廻衆、
美濃の騒乱で領地を失くした美濃浪人の
受け皿としての惟任光秀家臣団の三分割支配
があったのかなあ(妄想たのすぃ~)。

織田家の領内に他の大名からの侵行を許したことがないのが、
信長様家督相続からのプライドというかこだわりの様です。
徳川領は武田信玄に蹂躙されましたけど・・(まだ織田領ではないということで)。

生駒山、信貴山、高安山って感じかなあ。
河内平野恋しい、
セリフはガソダム種Dの最終回オチw

「君があたり 見つつも居らむ生駒山(いこまやま)
 雲なたなびき 雨は降るとも。」(作者不明)

「 貴方がいらっしゃる生駒山のあたりを見ていましょう。
 雲よ山にかからないで たとえ雨が降ろうとも」

4コマ漫画をカテゴリーのところで年代順に並べなおしました。
(最近キャラのデフォルメを忘れてしまってる。汗)

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摂津守護・池田恒興

『信忠公記♪』つづき~
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池田恒興さんが荒木村重の跡職に就任したとこです。
信忠の補佐役として対武田の備えとして東美濃にいたのが、
1575年頃から畿内方面に出動が多くなった信忠に従って
信忠軍団の中核として活動していたのかなあ~と思ってます。

東美濃は、黒幌・川尻秀隆さんを中心に、若手の森長可さんとか
斉藤長龍がいたのかなあと。

信長直属の遊撃軍団の軍団長としてではなく、
信忠軍団の畿内代表として、摂津にあってもおかしくなかったのかなあ・・。
とも思います。
長男・元助(之助)が、信長直属となったのかもですねえ。

で、今日の出来事はというと。
昔のMDをひっぱりだしてきて
グレイの唄に、なんか味があるなあと思った日でした。

「夏の ~」というでだしの曲です。
メロディ浮かぶのに歌詞が・・・w

そういえば上野国とでてくるのに、
現代の県名がおもいだせませんでした。(おいっ)

「上毛野(かみつけの)
 安蘇(あそ)の真麻群(まそむら)かき抱き
 寝れど飽かぬを 何(あ)どか吾(あ)がせむ。」(作者不明)
 
「上毛野の(上野の国の)
 安蘇の麻の群生を腕一杯にかかえるように
 この娘をしっかり抱きしめていても
 まだ満足できない。
 いったい私はどうしたらいいのだろう」

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漫画・信忠記

気分で久々に漫画かいてみました。
会社で相棒と瀬戸内海の島々の海賊や、
毛利水軍のことを話してて、
源平時代モードから、信長様に
なんだか想いが再び向かってきましたw

『信忠公記♪』
1580年別所を討伐したあとの国割りです。
摂津守護・荒木村重の跡は一時・津田信澄あずかりだったみたいで、
東播磨の別所を倒してから、正式に城主が決められました。
久々に大軍団長の重臣そろい踏みで、
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信澄さんを一喝する惟住(丹羽)長秀さんの言葉に
ガソダムゼリフが・・・。

バンブーコミックのセットで描くより、
やっぱ俺はアナログなんかなあ・・。
手の方が早いし、色つけたりトーンしてるのがだりぃ・・。

グラフィック扱う人や、
漫画家のプロの方は忍耐力あるなあ~と思います。
尊敬する。

俺は素人だぜぇい!!で胸張ってアナログ4コマを
描いてるほうがええのんかのう~?
次回の4コマに信忠さん登場です!!

「よ~~~~ん!!(;´Д`)」といえば、
会社の窓の外で カラスが4羽しゃべってるみたいに鳴いてました。

「ほととぎす 鳴きつる方をながむれば
 ただ有明の月ぞ残れる。」(藤原実定)

「ほととぎすが一声鳴いたほうをみれば
 その姿は見えなかったが
 有明の月が、暁の空に入り残っている」

藤原実定さんは源ノ頼朝と同時代の人です。
この頃の貴族は、藤原道長の時代の様に
心から我が世の春の
雅を味わってはいないのだろうなあと思います。

夕方の空には自衛隊のヘリが2機とんでました。
現代じんも雅に浸る暇なし。
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