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登美ノ勝也

Author:登美ノ勝也
武将について語りたくて「天下侍魂」というHPをつくりました。織田信長の家臣団とその六大軍団長たちの家臣団、戦国・室町・鎌倉の大名達とその家臣団について探求していきたいと思います。
リンク先のHP「天下侍魂」ぜひ御笑覧くださいw


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傾国

日本企業が傾いてゆく原因について、外国の分析が報道されていた。

終身雇用制度による競争の低下が、社内にイノベーションをもたらせない的な内容の項目が多かった気がする。要は終身雇用を失くしてみんな派遣になりましょうという、労働環境を改悪したK政権の改革顧問のようなことを言っている。

「はぁ?」

労働環境をこれ以上改悪するようなことをすれば、会社が潰れるどころか、日本が潰れますよ。

少子化の原因は、明らかに国民庶民の生活の見通しが立たない不安感からくるものであって、

終身雇用制度が総崩れすれば、国は一気に滅亡へと傾いていきますよ。です。

よその国からすれば、日本人の人口が減少することは大歓迎なので、この論評なのでしょうが、

これを真(ま)に受けて、企業が人を大切にしない方向に向えば、国は大きく傾くでしょう。


能力主義とかかっこいいことをいいますが、バイトの中でも年功序列社会だし、
全社員派遣や嘱託ならば、誰にでもできる仕事しか残らない逆にイノベーションのない会社になるんじゃないですか?

日本を潰そうとする「流言の計」に、惑わされない企業のTOPが出現してほしいものです。

戦国最強企業の社長、信長様の様な。

→この続きはhttp://1st.geocities.jp/tugami555syou/syouichi43.htmで(笑)

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不思議に思う事

TVみてましたら、

軍役=ぐんやく

主家=しゅか

とナレーターの方が読んでいました。あれ?

弘安の役とかなら、役=えき ですよね。

軍役=ぐんえき でいいのでは?

それに、本家とか分家なら、ほんけにぶんけ。

主家=しゅけ なのでは?。


そのほか。

昔、「ご苦労様でした」と、大変だったのですねという労いの意味で

挨拶したら、お疲れ様が正しいと、否定されたことがありました。

しかし、「大変な思いをされてお仕事されたのですね」という気持ちに対して、

ただの「お疲れさまでした」は、儀礼的で、思いに対して意味通じないと思いますが。

日本語って、人の思いや状況により使い分けるのが本当では?

「お疲れさまでした」一辺倒の、礼儀の押し付けとか、

これが正しいと、何かの流儀を正当化してゴリ押す感じが最近テレビでも増えて、

「常識」という大正義の前に息苦しい社会だと思いますが。

どうなんでしょう?



人それぞれですよね・・。




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祝・織田信長の家臣団と軍団ページ5万人突破!!

活動報告みたいな感じですが、

織田信長の家臣団と軍団のページ、カウンターを設置してから

今日で5万人を突破していました!!!

さすが信長様!

全時代を網羅した『天下侍魂』のTOPページにあっという間に追いつきそうです。

どれが看板ページか分からなくなりますね。

最近は、『織田信忠―奇妙丸道中記―』という小説にこっていますので、それほど『天下侍魂』のページを更新していませんが、

地味に手を加えたりしています。

小説を書きだすと、下調べをしたりするので、新発見があり、それはそれで面白いのです。

小説の方は、奇妙丸さんは現在、於市ノ方をたずねて浅井長政さんの小谷城にやってきていたりします(史実的には厳しいところですが)。

しかし、日の当たらないところに光をあてたいので、ばく進するのみです!(笑)

これからもどうか、よろしくお付き合い下さい。

(謹言)

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浅井長政の最大版図と金ヶ崎からの信長の逃げ道

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浅井長政の所領の最大版図について考えてみました。

1560年の「野良田の合戦」に勝利して独立を勝ち取り、
1563年の観音寺騒動で愛知川から東の国境を確定し、
1565年に近江高島郡の高島佐々木氏を打倒(朽木氏本家)。
そして朽木谷の朽木氏は将軍を匿った名族であるから今回は赦免すると温情を見せたという・・。
堅田の水軍等は、反織田だったということは琵琶湖での商売上、湖北三湊を抑える浅井とは友好関係だと推測されます。

浅井家って、大大名ではないですか?

1570年4月末、浅井長政の離反に信長は逃げ道を必死に探したと思いますが、
朽木谷を通って、千草峠越で戻るというのは、
湖西の沿岸豪族は長政に従っているので朽木を通るしかなく、
岐阜に戻るにも愛知川から佐和山にかけて浅井領なので、避けて通るしかなかったのかなと。
浅井領の縁辺をスルスルと通って帰る感じです。

浅井長政の離反は、信長も相当の窮地に追い込まれていたということでしょう。
信長が、長政の髑髏を盃にして酒を飲んだというのも、殺されかけた怒りからでしょうか。

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資料調べ

人物の事績の調査方法について。
質問がありましたので、参考にしてもらえればと自分の事を振り返ってみます。

私の経験ですが、
高校時代に、信長についてもっと知りたくて、新人物往来社の『信長公記』を買いました。
そして、登場してくる人物をノートに書きだして、一人ずつ調べて行く訳です。

吉川英治さんの小説や、司馬遼太郎さんの小説もありましたから、秀吉など主要人物は知っていましたが、太田牛一の書き残したリアルタイムの人物の事が気になって仕方ないというときに、谷口克広さんの『織田信長家臣人名辞典』が出版されたわけです。

新人物往来社さんの『戦国人名事典』や、『戦国大名家臣団辞典』を所有していましたが、それにも登場してこない人物についても詳しく紹介されていて感動ものでした。改訂版も買いました。

そんなこんなではまってゆき、『続群書類従』に軍記物が色々載ってるという事で買い、人物事典が出れば買い、という感じで今では本棚が辞典の重みで底が抜ける感じです。

あと重要なのは家系図関係です。
文庫本の系譜辞典や、日本史小百科家系、新版姓氏家系辞書、古本屋街に出向いた時に、いいのがあれば買う感じでたまって行きます。今はアマゾンとかでもっと手軽に買えると思います。

あと、真偽の程を確かめるのは、自分が何を信じるかですよね。

文書があるからといっても、戦国武将は自分に有利になる様に平気で嘘を並び立てますし、書いてあるからと言っても本当の事じゃない。安堵状にしても部下にするために乱発したり、後世の偽造もあるかもですし、真偽眼のある学者の方々のレベルまで到達することが出来れば素晴らしいですけど、一般人では惑わされても仕方ないと・・。

「軍記物」にしても、勝者の歴史や、敗者の負け惜しみ、いろいろと事実じゃないこともあるようです。

現代を生きていても、いつのまにか口達者な奴が、捏造した噂を広めていて、いつの間にか自分が悪者にされている。何が正義なのか分からないくらい世の中は理不尽です。

人の物事の受け止め方も千差万別。人それぞれです。

なので、ぼんやりと全体の縦軸の流れを通して見て、横軸でその時の事件の関係人物を広く見て、こうなのかな?と自分の納得できるところまで試行錯誤して行けたらいいんじゃないでしょうか。答えは無いです。

ということで冷泉家なら、家系図はあると思います。傍流でしたら省かれているかもしれませんが。

南朝方についた貴族の末路も、消えていくというか、記録が無くなりよく分からないと思います。

奥州北畠氏の関係者であれば、伊達氏が何か記録を残しているかもしれません。

北畠顕家関係の本や、資料文献は充実しているので、そこからあたっていくといいところまでたどり着けるんじゃないでしょうか。

頑張って見てみてください。

(返事が遅れて大変申し訳ないです)

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